はちみつレモン讃歌

三度の骨折にも負けず
薬剤性の肺炎にも負けず
インフルエンザで入院し
退院後に自立歩行が出来なくなっても
押し車を使い自分で歩こうと頑張り
貧血で入院し
退院後に自分でお風呂に入れなくなっても
ヘルパーの介助でお風呂に入り
自立の回復を目指したあなた
リウマチで自由が効かない右手なのに
無理して動き左肩を骨折し
ひとりでの生活が困難になり
ショートステイの予定で施設に入る
腸閉塞にも不整脈にも負けず
栄養不足で酸素吸入が始まった時は
命の心配もしたけれど
大好きなマグロの中トロやアジフライを食べて
見事に回復したあなた
再び腸閉塞と不整脈で入退院を繰り返しても
心臓にペースメーカーを入れ生き延びたあなた
そしてついに初期の認知症状が始まり
その影響で食事が取れず腎不全で入院し
先生から老衰かもしれないと言われても
点滴で再び回復し食欲も元に戻ったあなた
幸いその後は認知症状も大きく進行せず
一時は成立しなかった意思疎通も
普通に会話できるまでに戻り
内職のつもりでティッシュにゴムを巻くあなた
そんな波乱なこの十年を越えて
あなたはついに米寿を迎えた
十年前はあれだけ元気でしっかり者だったのに
十年間でいろんな生命の危機に晒された
人は健康で元気な時は
いろんなことが当たり前に出来るけど
それが当たり前でなくなる時が
突然やってくる
いつまでも健康で元気でいたいのは
誰もが思うことだけど
時の流れは無常で
いつしか人は老いていく
いつしか人は弱くなっていく
どんなにカクシャクとしていても
それが永遠に続く訳ではない
だから元気でいろいろ出来る今の自分自体が
かけがえのない財産なのだ
同時にいつしか弱る自分に備える必要もあるのだ
長期入所になってしまった施設で
前の自分に戻ろうと
驚異的な生命力で頑張っているあなた
これを飲むとお通じがいいと
大好きで飲んでいるはちみつレモン
施設で急に自販機に置かなくなったから
今はネットで取り寄せ差し入れている私
いいよ
ワガママを言っていいよ
どんどん欲しがってよ　はちみつレモンを
ワガママを言うあなたに安心する私
ワガママすら言えなくなって
何も意思表示をしなくなって
食事も取らなくなるあなたを
私は見たくないから
いつもはちみつレモンを差し入れる私に
ガラケーでありがとうと言ってくれるあなた
ずいぶん優しい声になったね
ピンピンしていた時には聴いたことがない
優しい声になったね
好きなもの　愛しいものは
いっぱいあった方がいい
いっぱいあった分だけ
生きている張り合いになる
だから
欲しがってよ
どんどん欲しがってよ
はちみつレモンを