ほたる
ほたるになっちゃったねと
あのひとは
わざと悲しむような声で言った
私はほたるを見たことがないのに
ほたるになっちゃったねと
わざと悲しむように言った
いつも通りあのひとは私を愛していた
私は以前よりももっと愛してしまっていた
これから先
私はほたるを見ることはなくて
あのひとは知らない誰かと
きれいなほたるをたくさん見るのだとわかった
明日さよならを告げたら
あなたは悲しい顔をして
わたしも悲しくなるでしょう
ほたるになっちゃったねと
あのひとは
わざと悲しむような声で言った
私はほたるを見たことがないのに
ほたるになっちゃったねと
わざと悲しむように言った
いつも通りあのひとは私を愛していた
私は以前よりももっと愛してしまっていた
これから先
私はほたるを見ることはなくて
あのひとは知らない誰かと
きれいなほたるをたくさん見るのだとわかった
明日さよならを告げたら
あなたは悲しい顔をして
わたしも悲しくなるでしょう
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コメント
見たことのない「ほたる」が別離の象徴になってしまう。
そこに世界を共有できないかなしみが凝縮されていると感じます。
締め付けられます。
わかった気になることはできても、わかりあうことなんてできない。そんな世の真実みたいなものが切なくも迫ってきます。もし仮に、見たことないものを見せてあげよう、と誰かが言ったとしても、その人と同じものを同じように見ることなどできない。
出会った時と同様に、すれ違って離れていく時の顔だけが「悲しそうに」似ているのですね。
切なくて美しいな。相手は小狡い。
相手の小狡さを知っているわたしも多分狡い。
でも相手を思う気持ちに忠実になるとどうしてもお互いに狡くなってしまう。
そしてそれがわかってるからこそ思う気持ちは純粋になる。
美空ひばりではないけれど、人はやはりかわいい。
こういうのがあるんだよね
ある。起こる。
そして、手も伸ばしかけて、伸ばさない。延ばさない
きゅっとなる
愛していた、けれど、別れることにした。
大切だからこそ、さよならをする。
悲しいけれど、それは、大切な悲しみでしょうね。
ちなみに、ほたるは、昔見たきりです。昔、よく見たんだけど、最近は、居ないのかも。それに、夜は、ほぼ外に出ないからかな。
ほたる、をさらりと書いていますが、この詩全体を醸す、上手い喩になっていますね。…そして、哀しい喩。
光はいつか尽きるものだから、語り手は知らないままを選んだのかもなーって思いました。
@あまね
さん
世界を共有できない悲しみ…たった一人この世界を共有できる人がいてくれたらいいですよね。
@あぶくも
さん
この場合は遠いですね、私はとても悲しかったと思う。淡い期待も戸惑いも嬉しさもつまらない優越感も悲しみもこの先ずっと残り続けるものも何一つわかり合えず、好きになってしまった気持ちだけがあって。ま、全部妄想なんですけどね。
@たけだたもつ
さん
相手は小狡いのか何も考えていないのか…わかっているのは好きになった方が負けということ、勝ちも負けもないんだけど。ずるいよと思うたびに負けてますね。負けたいのかも。何回も。やっぱり人はかわいいはたもつさんの一番の褒め言葉なのか、よく言いますね。
@イチカワナツコ
さん
あると思う。ないけど。でもさ、いろいろな、なかったことになることと、数週間のそれを天秤にかけて、どちらに傾くか、「わたし」に対して嫌悪感と、わかってしまうところがあるでしょう。すごく、見たかったんじゃないかな。
@こしごえ
さん
大切だからこそ、さよならをする…この流れだと若干のずるさも含まれますかぬ。子どもはそうじゃない、大切で愛していたら泣いて意地でも離さないし絶対に人に渡さない。でもどうして大切だったらさよならするようになったんだろう?愛しているのに別れる?
@長谷川 忍
さん
たしかに、悲しいというより哀しい。なにかを喪失した人の哀愁はいいですね。
@たちばなまこと
さん
書いていいかわからないけど…尽きない光を手に入れたのかなと思っていました。いいなあと思った。やっぱり話しましょう。
@花巻まりか
さん
偉大な喪失を手に入れたってことかしらん?
(あれ、違うか?)
(*´∀`)
@たちばなまこと
さん
違います、愛です。やっぱりオンラインはわかりにくいのでやめましょう。すいません。私は悪意はずっとないです。
@花巻まりか
さん
悪意感じて無いです大丈夫です(笑)
そっか、愛か!
(なんで書いていいかわからないのかな?と思ってー)