
玲瓏剔透グライダー
いきなりの秋。
僕は、突然の予定変更に文句を言う姉を連れ出した。
「今日のトレーニングはどうなるのよ」
「空をボーッと眺めているのは、トレーニングとは言わないよ。姉さん」
「イメージトレーニングよ、これ大事」
宥めすかして河川敷へ連れ出すと、姉はわざとらしく溜息をついた。
「弟よ、この土手で私に空を泳がせようというのは理解できた。寝転んでも平気な服だし。しかしだ」
姉は、土手を覆いつくす赤い花々を指さした。
「この姉を毒々しい花の中に連れ出すとは、いかがなものか」
よく見ると、花の間を飛び交う蝶の動きに合わせて指が泳いでいる。
僕は姉の手をそっと押して川岸の方に向けた。
「曼珠沙華じゃなくて、こっち」
指さした先、川面の照り返しを浴びた白い翼。
「飛行機?」
「だいたい合ってる。今日はグライダーの体験飛行だよ」
土手を降りて、受付のスタッフに父の名前を出した。
その人は、僕の説明を聞くと苦笑いをして、快く了承してくれた。
手続きをした後に、興味深げにあちこちを見ている姉に声をかけた。
「もう少ししたら乗れるよ、グライダー」
「なんで?」
いきなり体験飛行ができることが不思議らしい。
「父さん……今年も予約してたんだけど、ダイエットに失敗して重量オーバーだったんだ。だから、姉さんにどうぞ、って」
一瞬、姉は怪訝な顔をした。
「私、聞いてない」
「僕も今朝聞いた。父さん、体重計の上で挫折してた」
土手の花や草を通り抜ける風がまだ冷たい。
「私が乗っていいの?」
「僕、前回乗った」
しれっと答えると、姉はカメラやストールを僕に預けながら言った。
「帰ったら、じっくり話を聞かせてもらおうかしら」
いよいよフライト。
グライダーのコックピットに乗り込んだ姉は、あちこちをキョロキョロ見ている。
そして離陸の直前、ぎこちなく手を振ってきた。
僕は、笑うのを噛み殺して大きく手を振り送り出した。
行ってらっしゃい、空の世界へ。
飛行からだいたい三十分くらいで、姉は地上に戻ってきた。
コックピットから出た姉は、それはもう興奮気味に喋り始めた。
「ちょっと、見たでしょうアレ。空はどこまでも空なのよ」
姉よ、僕は地上から見張っていたので、同じものは見えていません。
そんなこともお構いなしに、姉は川の向こうを指さした。
「向こう岸なんて軽く越えるのよ。意外と簡単なのね」
近くを通りかかった受付のスタッフに、姉は熱烈な感想と礼を述べる。
「次回もまたお願いします。父のダイエットを失敗させますから」
僕は呆れて言う。
「姉さん、普通に予約しようよ」
体験飛行が終わった後もその場に残り、グライダーが片付け終わるのを見届けてから、川岸を離れた。
来た時の不満げな顔はどこへ行ったのやら、坂の帰り道を歩きながら、姉は飛行したことについて、こと細かく解説してくる。
そして、
「次こそは、道具に頼らずに普段着のまま飛んで見せるわ」
と、息巻いていた。
赤い花の帯を抜けると、土手の上には父が迎えに来ていた。
姉は一目散に駆け寄り、今日の経験を興奮気味に話している。
僕は、花々を舞う蝶がいなくなっているのを確認すると、振り向いた。
川を挟んだ向こう側。
土手が影をつくり始めている
川面を撫でる風。
花と葉を揺らす音。
黄昏の光を受けて輝いている対岸のススキ野原。
姉さん、飛ぶのにはまだ早いよ。
《お知らせ》
日本WEB詩人会の公認お題企画が月1ペースで始動しました。
9月は以下の通りです。
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Vol.1お題
『玲瓏剔透グライダー』
※二重鉤括弧は含まれず
投稿期間は9/18(金)〜9/22(火祝)です。
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詳細や今後については公認掲示板のお題スレッドでご確認下さい。
https://rara.jp/poekai_2021/
コメント
素敵な切り口ですね! 会話の間の描写もいいです。
@たかぼ
ありがとうございます。散文詩です。誰が何と言おうと、散文詩なのです(笑)
姉と弟のグライダーなどに関しての、仲が良くて おだやかな物語詩を心地好い風の中で拝読することが出来ました。そして、風色の ススキがキレイです。
大きさも形も物質であるかも様々なグライダーがあちこちに散りばめられているんだな、と思いました。
さわやかでありながらほんのり問答味もあるようにも感じました。
お題企画で物語調の詩を読むの楽しみです。こんな家族の物語を秋の長雨の中、そっと差し出せるのってすごいなー
世界に引き込まれました。家族の一場面ながら、家族の奥行きがあり…。画も素敵です!
@こしごえ
ありがとうございます。よく、キャラが勝手に喋るといいますが、ホント、この姉弟は勝手に話を進めてくれます。
@たちばなまこと
ありがとうございます。江戸川の河川敷でグライダーを見たことあって、そこから離れられずに、題材とした扱った次第です。参考のためにグライダー体験の動画を、半日くらい見ていました(笑)
@あぶくも
ありがとうございます。
大雨で外出の予定が無くなって、なんとか投稿が間に合いました。
散文詩を書くと「これは詩ではない」と叱られるのですが、受け止めていただいて感謝です。
@野鳥倶楽部
ありがとうございます。画像は、AI生成なので自分の実力ではないのです……なんかすいません