※五行歌 六首「いのちはいのちだ」
失うことを
おそれないようにしたい
かえって
放てば満ちることもある
いのちもそのひとつ
*
いのちを失えば
私はただ
死ぬだけだ
だけれど
最期まで生きる私
*
いのちは
ひとつ
あれば充分
故に
このいのちを生き切りたい
*
大切な人を
失ったとしても
私が
その人のことを覚えている
いのちはいのちだ
*
「私は
きみの持ちものでは無いよ」
と聞こえて来そう
あなたはあなたのものだ
居なくなった今も
*
数々の
思い出は
私のものです。
おもうこころは
私のもの
*
※五行歌とは、基本的に、五行で書く 短詩のことです。
コメント
日時: 2026年09月27日 21:14
名前: たちまこ [ 返信 ]
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>>17 たちまこさん
みなさんこんばんは!
10月のお題企画のお知らせです。
次回の投稿期間は10/16〜19
お題考案はトノモトショウさん
お題『ロック’ン’ロールの死』
※二重鉤括弧含まず
◾️次月以降の出題者(タイトル考案者)は前月のお題を書いて下さった人の中から順不同で指名します。
◾️「お題出したいです!」という方はこの掲示板かお題の詩の最後かコメント欄、その他どんな方法でもよいので、お題考案希望の旨を意思表示して下さい。
◾️出題日と投稿期間はたちばなから指定します。
◾️周知、取りまとめはたちばながやります。
よろしくお願いします。
※***** 以上は、下記の 掲示板の「ぽえ会公認お題企画のこと」より、コピペしたものです。
日本WEB詩人会 公認 掲示板は、こちら→ https://rara.jp/poekai_2021/
あ、私も上のようなお題企画の告知をすれば良かったですね。後で自作のコメント欄にコピペしておきます!
さて、今回の六首ですが、「放てば満ちる」が印象的でした。あと四首目にとても共感します。バラバラになって飛んでいく先が、それぞれの人の記憶なのかもなんて。
何回か読んで色々考えました。誰かの思い出と、存在と…。いなくなった誰かと、もっと近しかった人もいるけれど、その人と自分との時間も確かにあったわけで…。
「思い出はわたしのもの」に、そうだよね、思い出に遠慮しなくても良いよね、と。
@あぶくも さん ありがとうございます。
「放てば満ちる」という言葉の 元ネタは、道元禅師の言葉で、「放てば手に満てり」というのがあります。
マイクロソフトのAIコパイロットに聞いたら、この道元さんの言葉の意味は、「執着やこだわりを手放せば、かえって本当に大切なものが自然と満ちてくる。」という意味とのこと。私は、これを要約して、「放てば満ちる」としています。
この道元さんの言葉は、ずっと前に、詩人の 服部 剛さんに教えて頂きました。
死ぬことを恐れていては、生きている今をおろそかにしかねない。私は、いつの頃からか、いつ死んでもいいとさえ、思っていて、そう思うと、気が楽になりました。というのも、次兄が、ずっと前に亡くなってから、死について 考えて来た おかげだと思います。
大切な人を失っても、その人の いのち(いのちほどに、大切なもの)は、忘れないと思うんですよね。
それは、後に残された人たちが、その亡くなった人の いのちを 思うことが大事だと思うんです。その いのちは、いつまでも 大事な いのち。
この歌は、そういう思いを 宿らせた五行歌です。うん。^^
あぶくもさんが、印象的な一首や、共感してくれた一首を挙げてくれて、とっても嬉しく 貴重に思います。
あぶくもさん、ありがとうございます。
@野鳥倶楽部 さん ありがとうございます。
まず、
野鳥俱楽部さんが、これらの歌を、何回も 読んでくれたことにも 感謝です。
そうですねぇ。
野鳥俱楽部さんが、言ってくれた通りですね。その人が亡くなったり、縁が切れたりして、会えなくなった人たちが居ますが、その方々とは、過去に確かに一緒に居た。一緒に 存在していた。
だからこそ、その事の事実とした思い出も大切ですね。
その存在は、その存在のもの。でも、その思い出は、この こころは、私のものであっていいと思うんです。
前にも、私の五行歌などで言っていることなんですが、この魂は、この こしごえという体を借りている。私にとってのこの体は、自然からの借り物なんです。でもね、こころや魂は、私のものなんだと思う。そう「思う」んですよね。
まあ、あんまり深刻に考えて行くと、ややこしいことになっちゃうので、あんまり 深く 深刻にはなりたくは無いですが。
まあ、これらの歌も、私の思いというか、願いみたいなものです。うん。ふふ。^^