詩人には近づくな
詩人には近づくな
「病気」という概念を最大限ひろげてしまうと
生まれ出ずるときから死んでいくまですべて
生きていることが「病気」になってしまって
それでも人は致死性のないウィルスと闘って
致死性のない食べ物を摂取して彷徨いながら
生きながらえてきたのだろうありがとう先祖
仮に「病気」ではない政治家が仮にいたとして
反対勢力を金の力と魅了の力で骨抜きにして
目前の問題を一つひとつ片付けることができて
間違った道に進んでいるとしても健康なのかな
そして実際に世の中でいう「障害」の烙印を押され
周りにいる人たちに危害を加えず生きている人は
自分のことを言語化する術を気にすることもなく
エッジの効いた言葉を投げる人よりは静かなのに
コメント
タイトルと、最終連の終わり3行、とても好きです。
@たちばなまこと さん、短かいコメントありがとう!
〉タイトルと、最終連の終わり3行、とても好きです。
常日ごろから言葉そのものに詩はないのではないのか
と書いているのですけど、真意は他者への悪意などはないですから、、、
@足立らどみ
コメントが短いの、気になりました?
互いの詩作を読み合って往来がある場合、長いものを頂いた場合などには長いものを書きます。
初めて投稿された方へのご挨拶としても長く書くことはあります。
@たちばなまこと
気になっていると書いたら嘘になるから、わたしなんて
はじめてのかたにも17文字の添え句書いてしまってて
たぶん、何度、最初はドン引きされていることか、、、違うか
困ったちゃんは誰でしょう
困ったちゃんはぼくでした
繊細な人は何気ない言葉にも傷つくし、鈍感な人は攻撃的な言葉にも傷つかない。要は受け手によるということですな。鈍感力に優れた人だけに詩人に近づく特権は与えられています。
@たかぼ さん、ありがとうございます。なるほど、そうなのかな。
私にはわかるようなわからないような含蓄のある言葉感謝します。
私自身、原則というか基本というか、心の機微は大切にしたいと
すくい終えた後に幾度も推敲を重ねることで自分の手元を離れて
悪い意味ではなく死んだ言葉になっていくのだろうとおもいます。
たぶん、出来立てのメロンパンや石窯から取り出してすぐのピザ
のように詩人本人が本人だけの特等席で食べるまだ生きてる言葉は
あると思うし、その状態だけは本人だけの特別な瞬間なのだから と、、、
こういう角度の気持ちも内面でありました が、
この角度はあまり言語化できていませんでした。