わたしの大切な人へ(これを読むあなたも)

家の前の稲刈りが終わった
あなたは帰った

すべてに自由がある

思う自由
書く自由
考える自由
余白を埋める自由
引き止めない自由
生きる自由
死ぬ自由
忘れない自由
腕を広げ続ける自由
執着する自由
逃げる自由

腐った人間が周りにいるから
弱者に寄り添いきれない制度がこの国にあるから
自分もふて腐るのか

だけど覚えていてほしい
すべてにおいて
選択する自由が与えられている
あなたにもわたしにも

どんな状況下においても
どう生きるのかは
自分次第だ

もちろん腐る自由もある
だけどそんな時間の使い方はしたくない
わたしの生きている時間は
誰かが生きられなかった時間でもあるからだ

逃げてもいいと思う
落ちてもいい
そのあとにまた自分らしく生きてほしい
どんな場所ででも人は輝く自由がある
あなたにもわたしにも

いつだって選択はできる
間違いに気付いたり失敗した時は
やり直せる自由がある
やり直せないことならば
同じことを繰り返さない選択をすればいい

非情にも過去は変えられない
そして苦しいけどわたしたちは現在を生きている
未来は誰にも分らないことだけど
自分の選択し続けたことの結果が未来として訪れるのなら
どんなことでも受け入れられる強さがきっとある
あなたにもわたしにも

次にあなたが来る頃は
野焼きも終わっているだろうか

 
 
 
 
 
 
 
 
 

投稿者

大阪府

コメント

  1. 私には、逃げる自由が、ありません。逃げようとして、お願いしたけれど、「今ひろ君に居なくなられたら、私のほうが つぶれて死んじゃうよ」と、反対されて、逃げられませんでした。だから、今は、家にガマンしています。まあ、時間の問題でもあると思いますけどね。あることが起きれば、私は、この家から出て行けることになっているから、それが希望です。まあ、今の所はですけどね。

    それとは別に、こういう自作 五行歌もあります。
    *

    いいも
    悪いも
    これも
    運命
    天の自由だ

    *

    とね。
    これは、「運命で決まっている運命だからこそ 自由なんだ。この運命を 受け入れて 認めることで、ほんとうの自由を得ることが出来る。」と。でも、「天の自由」は、この「運命を受けいれて認めることも、運命を受けいれず 認めないでいること」も、自由の内なんだと思います。それは、運命で、決まっていることだから。だからこそ、自由なんだと。ほんとうの自由ですね、これが。
    と、そう『思います』。うん。

    まあ、それと、こういうことも、時々は思います。
    「人生は、ゲームでは無いけど、人生をゲームだと思おう」って。
    人生をゲームだと思うことによって、少し、気が楽になると思う。

    あと、こういう 自作 五行歌もある。
    *

    悲しかったり
    苦しかったり
    嬉しかったり
    私の人生
    退屈知らず

    *

    ってね。うん。ふふふ。^^

  2. ナツコさんの、大切な詩、ありがとう。ごめんね。と謝るのは、
    ナツコさんに失礼かな?
    でも、大切な詩ですね。
    ナツコさんの 大切な思いの宿った詩だ。ありがとうさま、ナツコさん。

  3. @こしごえ
    そうですね、ここに書ききれないほどたくさんの「自由」がありますね
    こしごえさんも大変な状況下におられるのだな、と思いました
    シェアしてもらってありがとうございます。

    結局、自責で生きることが、すべての自由に繋がる気がします
    ありがとうもごめんねも失礼じゃないです、全く!
    きれいごとと思われるかもしれない詩を、大切な思いの宿った詩と言ってもらえてうれしかったです^^

  4. 逃げてもいい、落ちてもいいというところに優しさを感じるなあ。
    あたたかい気持ちになりました。
    さふいふものに わたしはなりたい

  5. 稲刈りから野焼きまで、循環を最後まで。
    すごくおもくてやわらかいけど面でつよいような衝撃がありました。その場でも後からも効いてきます。
    なんて魅力的なんでしょう。

  6. 忌野清志郎は
    ”短いこの人生で
     一番大事なもの
     それは俺の自由”
    と歌います。

    また、
    ”汚ねえこの世界で
     一番綺麗なもの
     それは俺の自由”
    とも。

    そして
    ”YEAH!
     すべての奴らに自由を!”

    ではいったい自由とはなんなのか。
    やりたいようにやる、そこに他人の目や意見はいらない。いれない。

    それは「執着」でも「逃げ」でももちろん「腐る」ことだって、ほんとに自分がやりたいんだったらそりゃ自由だ。
    でもほんとにそれやりたいんか?っていうのがキモでしょうかね。
    それが堅く言えば信念と呼ばれるのかもしれないし、生き方か。まぁ本当のその人を形作るよね。

    そして不自由があるから自由がある、というのも確かで不自由を自分の意志で改革したものが自由。
    意志があればどこにでも行ける!
    自分の意志がないものは自由とは呼べないね、みてくれが自由だったとしても。

    この詩にはなにかどこかに作者のイラダチもあるように感じました。フガイナサに?

    こっちは野焼きはもう終わりました。ほぼ稲刈り直後に。

    RCの「自由」は歌詞もそうだけど、曲がめっちゃかっこいいんだよなぁー

  7. @あまね
    そこ、最初は入れてなかったんです
    でも、入れなきゃだめだなって後から思えました
    ね、だってわたしも
    さふいふものに わたしもなりたい から

  8. @たちばなまこと
    まさか魅力的と言ってもらえるなんて!思ってなくて単純にうれしいです
    この詩は、読む人によって映り方は様々だと思うんですけど
    田んぼみたいに循環するものがあれば、うれしいな

  9. @王殺し
    わたし、自由とか愛とか、空とか海とか
    不変のテーマを考えるのが好きなようです(みんなそうか)

    自由は不自由さの中にあるのは間違いないですね
    わたしは自分の生き方を選び、誰になんと言われても思われてもいいけど、死ぬときに後悔のないように生きたい
    その諸々の選択を間違えないように生きたい
    そしてもし間違えてしまった場合は、自分のすべてを尽くして誠実でありたいです

    最近語りたい欲が強く困ってます
    その歌知らないので、近々Youtubeで聴いてみます!

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