第六番『宿命』
小指と小指で繋がった
運命は赤い糸
身体と身体が絡まった
因果はシアン色
ノックに誘われ開け放った
報いが転がり混んできて
囁き、触れて風になった
あれから旋律が聴こえない
或いは、救いだったのか
おかしい、おかしい
はっきり感じる
たしかに、たしかに
そこに居る
運命と因果の五線譜に
失われた五番の足跡を付ける
聴こえてくるだろう
報いも救いもない
『宿命』が
小指と小指で繋がった
運命は赤い糸
身体と身体が絡まった
因果はシアン色
ノックに誘われ開け放った
報いが転がり混んできて
囁き、触れて風になった
あれから旋律が聴こえない
或いは、救いだったのか
おかしい、おかしい
はっきり感じる
たしかに、たしかに
そこに居る
運命と因果の五線譜に
失われた五番の足跡を付ける
聴こえてくるだろう
報いも救いもない
『宿命』が
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コメント
はじめまして
「障照眼」というお名前、障りを照らす眼なのか、それとも何かに遮られたものを見つめる眼なのか。
『宿命』を読んでいると、作品の内容と筆名がどこかでつながっているように感じました。
作品の内容だけを読むと喪失したことを受け入れている
日々を静かに生きていて、深まる今への肯定感も感じたので
コメントしてみました。
@足立らどみ
はじめまして、コメントありがとうございます。
名前に関してですが、障りを照らす(除く)眼であり、何かに遮られたものを見つめる眼でもあります。
正信念仏偈という偈に、『煩悩障眼雖不見』、『大悲無倦常照我 』といった節があります。
現代語訳は、煩悩が私の目をさえぎって、仏さまを見ることができないけれども 、阿弥陀仏の大いなる慈悲は、決して倦むことなく、いつも私を照らし続けてくださっていると訳せます。
現実において、真理を見抜いたと感じても、次の瞬間には煩悩に囚われ感情が暴れてしまうことが多いと私は思います。
その揺れ動きを偈の漢字から取ってきて障照眼にしています。
作品は、聴覚を喪失して第六番(感)を完成させたというのが大まかなストーリーラインです。
書いている私と、この作品の主人公が喪失したのは、『拠り所』です。
現実か真理と思わしきもの、どちらを信じればよいか分からない。
しかし、人間にとってそれは『宿命』であると思います。
ですが、仏はいつも私を照らし続けてくださっているのだから、大いに悩んでも良いという肯定感も確かに込めました。
お答えになっていれば幸いです。
@障照眼
返答ありがとうございます。安心できました。
人との出会いは一期一会にしても、今後ともよろしくおねがいいたします。
@足立らどみ
よろしくお願いいたします。