祈れなくなって

生まれついたら
そこにいる

ときどき
しばらく一人で
どこかに出掛けて
また帰ってくる

愛はそういうものかと思う
 
 
 
手を離しても
ついてきたり
手を引こうとして
引けるものでもなかったり

愛はそういうものかとも思う
 
 
 
受け入れられないことを
受け入れて
許してもらえないだろうことをして
なお乞わない

愛はそういうもの、かな
 
 
 
どうでもよくなって
死にたくなって
ベランダに足をかけて
どうにもならない時に
ここにいなくて

一つも残らず
この腕で抱き締めて
ここから飛び出して
どうにかしたい時に限って
頑なに動いてくれない

愛はそういうもの、なのかな
 
 
 
 
 
祈れなくなって
しばらく経った

愛でありたいと
生きてきたわたしは
いまどこかで泣いている
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

投稿者

大阪府

コメント

  1. とってもとっても心を揺さぶる詩ですね!
    思わずどこかへ駆けていきたくなるような、そんな詩です

  2. 結構いい歳なのに未だに「愛」がうまく書けません。
    でも、この詩を読んでなんだか書けるような気がしてきました。
    愛はそういうもの、なのでしょうね。。。。

  3. イチカワさんが、愛と真剣に向き合う様子が、この詩から伝わってきます。
    愛するということ。しかし、どうも私には愛するということの資質は無いのかもしれません。
    愛。でも、愛する存在に成れたらすてきです。
    この詩の一行目からずっと来てから最終連を読み 最終連で、いいね、する気持ちになりました。すてきな詩。

  4. あくん、どこに駆けていくのかな笑

  5. nonyaさん、コメントありがとうございます!
    わたしはnonyaさんの愛の詩を、ぽえ会1期の頃から結構読んできたと思ってます
    nonyaさんの言葉遊びの詩が好きです

    愛は形を変えるので、掴み続けるのも難しくて、だからまた書くのも難しいですよね

  6. こしごえさん、素敵なコメントありがとうございます!
    実は「愛する」とは動詞だから、愛するためには愛をするんですけど、その愛をするということが何なのか、わたしは未だに分かってるのか分かってないのか、自分でもわかりません

    でも、ひとはみな愛に成れると思います。

  7. まさに今、ベランダの手摺に足を掛けています。

  8. BENIさん、それは遠くの景色をよく見るためだとか、空を近くに感じるためだと思いたいです
    わたしがベランダに足をかけたのは1年弱前のことだけど、別の見なくていい景色を見ずに終わり、よかったと思っています

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