へや

ピアノの音がする
薄壁のアパートだから隣家からの銀盤の跳ねっ返りが濾されて耳にクリアに流し込まれてくる
曲名はわからない そもそもメロディも感じられない といってもそんな大層な音感など持ち合わせてはいない もしかしたら将来モーツァルトをも越える逸材の奏者かもしれない といってもそもそもモーツァルトなんてしらない たまたま手にもて余していた小さな本にかかれていただけで モーツァルトと僕との接点なんてそれだけで
そういえばあの子は
あのフルート奏者のあの子はモーツァルトが好きだったっけと思い出す 音楽なんてものはからっきしだったからなんとか訳知り顔でもなんでもあの子に近づきたくて調べてみようなんて思ってたっけと途方もないなんて安請け合いな連想を奏でていたら耳をほじくる不憫な振動音がせかせかしく鳴り出したので夢想に耽ることなく命を拾うことができた まるで微睡みを母に邪魔されて悪態つきたくなった気分の逆さま そういえば水出し蓮茶をつくるためにタイマーをセットしていたのだったなと立ち上がらなければならなくなった腰を少し痛めているのでぐるっと俯せになってからゆっくと起き上がり茶漉しパックをポットから取り出すついでにヒビ割れた湿度計をみると42%を示している 黒猫のカップに出来立ての夏を注ぎ長座布団に仰向けに倒れこむ少しの苦味があるがもっと冷やせばすっきり感じるだろう 次は30分早くとりだしてみようと心に誓いちびちび飲んでいると空調の雄叫びに怯えて身体がブルブル震えているのを感じる静寂に気づく
 
 
夏を一口 やはり少し苦い
 

 

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