熱帯症候群
小学校四年生の夏に初恋の人、小夜ちゃんが倒れた
39度の猛暑日と水分不足が原因の熱中症だった
保健室に運ばれた彼女の顔を保健委員の僕は見ていた
もう2人の女の子は何故だか学校を休んでいて
だから先生たちは真面目で善良な僕に付き添いを言いつけたのだろう
白いシーツの上に横たわり、水枕を首の下にひいて
汗を流しながら死んだように天井を向いている小夜ちゃんを
救急車が来るまでの間じっと
じっと見ていた
じっとみていた
小夜ちゃんの小麦色の肌が真っ暗な部屋の中で
浮き上がっているのを見た時に
肌は白いから浮き上がるんじゃない、闇と空間に見染められて
浮き上がるんだと気づいた時
蝉時雨
あめあられと
ぼくたちの上に注がれて
まるで
宮沢賢治の童話みたいに
静謐な光沢を放つだけ
首筋を伝う汗は僕と小夜ちゃんの
たった1つにして、最大の共通点で
あとは全てご想像の通り
引っ込み思案、真っ白の僕
活発で真っ黒の彼女
僕は少し上気した彼女の頬に
保健室の先生から渡されたスポーツドリンクをあてがい
彼女が少しホッとした顔を見て
僕もホッとして、そしてそして
クーラーの
そよそよと吹き
短い彼女の髪を
なびかせる
僕は黙って小夜ちゃんの
美しい顔を見ているだけ
みていただけ
ただ一時の
気の迷いという名の
ほんの些細な秘め事
彼女の手をそっと握りしめ
つぶやいた言葉
冷たい部屋に沈んだ
床に落ちた
溶けてしまった
踏みつけた
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