ないものならべ

才能はない
人脈もない
仲間はない
恋人もない
身長もない
筋肉はない
毛髪がない
髭はある
生活はない
仕事もない
お金がない
お米もない
葉書はない
ペンもない
良心はない
季節はない
終りがない
仕方がない

なあんだ
これしかないのか
 

投稿者

コメント

  1. 幸せは、地域活性化に似て、「ないもの探し」から「あるもの探しへ」って感じなんでしょうかね。詩の最後がいいですね。

  2. このアプローチはある種の発明かもしれない。あるものを数えるのが人生だとは思うけど、圧倒的にないものだらけの人生こそが本質で、そこに着目するのは結構勇気がいる。言葉のチョイスが絶妙で、髭だけあるのも面白い。

  3. 「髭はある」が、詩の中の小さなアクセントになっていますね。…何となくですが、宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」を思い出しました。

  4. @あぶくも
    さん、コメントありがとうございます。
    ないものへ意識が向いたとき、自然とあるものへ視点が移ってゆく感覚はあるかもしれませんね。
    きっと、あるものから始めてしまったら、ないものへと移ってしまうはずなので、「ないものからならべてみた」は、たしかに「内面機関活性装置」としては、機能したのではないかと、戯れ言吐かせていただきます。
    幸せとは、とても流動的なのだな、という気づきもコメントからいただけました。
    ありがとうございました。

  5. @トノモトショウ
    さん、コメントありがとうございます。
    発明というお言葉、大変おそれ多いのですが、ありがたく頂戴しようとおもいます。
    ないものだらけ、そうですよね。
    翼がない、肉球がない、エラがない。
    きりがないなぁとおもいます。
    勇気、というお言葉、ありがたく存じます。
    きっと、受け入れる、という過程を必要としていたのではないかとおもいます。
    そこに善悪はなく、ただ認めるだけにとどめると、ああそうか、となるだけで。
    発見、と大それたことまでは言えませんが、一瞬の光が真ん中にいてくれた心地がいたしました。
    お髭はとても自然に降りてきてくれました。
    そこを取り上げてくださり、うれしさとはずかしさです。
    コメントありがとうございました。

  6. @長谷川 忍
    さん、コメントありがとうございます。
    お髭、好きなんだとおもいます。
    にゃんこ髭を想像しました。
    にゃんこにはなれませんが、にゃんこみたくお髭は生やせるなと。

    ご慧眼、感服いたしました。
    最近、宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」を読んでいたので、その影響が色濃く出ているのだとおもいます。
    画詩の拙著、「空」は、こういった作品を参考にしすぎた結果、自分でも纏まらず、最初の志が風前の灯火となり、悔しさが募ったのですが、そちらを投稿した瞬間、「ないものならべ」が一気に降りてきてくれたのです。
    行動の果て、過程、流れの中に自身の自然が宿るのだと思いしる経験でありました。
    纏まらないコメントで申し訳ないです。
    ありがとうございました。

  7. なんとなく、ありそうなものも
    あるっすね!

  8. @那津na2
    さん、コメントありがとうございます。
    そうですね…!毛髪は、まだ少しは、あると思いたいです……!
    しかし、あるないの規定は、結局のところ個人の意思や捉え方なのだなと、当たり前なのですが、妙に得心といいますか、それでいいのだ、の精神といいますか。
    曖昧なコメントで申し訳ないです。
    コメントありがとうございました。

  9. こうして、反応をいただけたのは、ああ、ひとりじゃないんだなぁ、とため息が漏れるような安堵と、認められなかった過去との対峙、今ではそれもからっぽに受け容れて、からっぽが満たされて、そしてまたからっぽになっていく。

    日記代わりのようで恐縮ですが、ここに綴らせていただきます。

    過去のあなた。
    現在のあなた。
    未来のあなた。

    またどこかで。

コメントするためには、 ログイン してください。