虎と馬

虎の子は独りで、ただただ待っている。
狩りに出たまま、帰らぬ母のことを。
しばらくすると、馬の群れが現れた。
「あら、虎だわ。」
「でも、子供だけなんて可哀想にね。」
母馬達は鼻を鳴らし、
ふんふん。くすくす。

ある馬は虎と遊びたがる子馬に、
すかさず鬼のように言い告げる。
「あの子はね、大きくなったら私たちを食うのよ。全く穢らわしいったら無い!近寄っては駄目よ。」

その馬は本当は理解していた。
既に虎の子は母とはぐれたまま。
このまま、ずっと逢えないなんて!
ああなんて可哀想な子虎なんだろう!
遠くにはハイエナに喰われた虎の残骸。

良いなぁ、寂しいなぁ。
お母さんまだかなぁ。お腹すいたなぁ、
お母さんが帰ってきたら何を話そう。
なんだか、寒いなぁ。おかあさん。

あ。ああ、うん、そっか。

わかった。ごめんなさい。

あれから何十年経っただろうか。
目を覚まして、母におはようと告げる。
「おはよー。」と馬鹿らしく笑う。
それは一見普通の幸福な家庭のようで。

青く広がる空も、黒の美しい星空も。
茶殻色の痛みも、潰し果肉の紅い憂いも。
もう、誰にも渡すつもりは無かった。

母は父では無く、別の男に媚びていた。
父は己と母に言葉で全て罵った。
勝手に生き延びた。無駄に死にそびれた。
生き永らえてしまった。どうして。

それが虎の子の顛末。
母虎も馬達も、彼らは何も知らない。
「自分は強い。強い虎なんだよ。」
何度もそう言い聞かせた。
「ああ、お腹が空いたね。」
今日も汚い記憶を漁って喰い続ける。

投稿者

広島県

コメント

  1. 絵本的なお話みたいな詩だなと思って読み始めたら、後半どんどんシリアスでミステリアスで何とも不穏な空気を纏っていく。そこが魅力だなぁと感じました。

  2. あぶくも様
    コメントありがとうございます。某歌手の「馬と鹿」という曲を思い出して、だったら「虎と馬」も書けるのでは?などと色々構成した結果こうなりました。ちなみにトラウマという言葉は本来ラテン語から来た英語らしいので虎と馬は関係ないみたいですね。

コメントするためには、 ログイン してください。