イタル

観念のビジョンは、少なくとも倒立する、
けだものである女を、一匹飼っている、
ごむまりの感傷する、うすぎれの一枚、
庭から透視するときには、スリットが透析される、
尻、を見せているのは、
わがやの猫である、
猫は女の腹をふんでいく、
かぐわしい「体内から提出」されたもの、それは精神のために、
開かれた精神のために、手でつかみたくなる、
ビジョンにすぎない、いつまでも観念の青空のための、
たとえば「くすり」があれば、女は腹を向けて眠る、
それは「たしかさ」である、それは倒立してくずれる、ゆえに、
すでで、その行為をのぞんでいるのは、ある意味、
わたしではない、わたしではない何ものか、
深海の花は、そのようなわたしの、脳内のどこかにすみついている、
あかるい大気の重さが、しばらくはわたしを、守るだろう、
女はしめだされて、部屋の隅にしゃがみこみ、
混沌とした世界の救済の時、恩寵の素手は、つかみとるだろう、
「あのものを」、必然的に訪れては、愛撫する交感の、ゆびさきには、
アルペジオ、すたすらこい願う、女の反精神と反存在を、
こうこうと照るあかりはすべて、理性をひもとく、
いたずらに傷つけることなく、わたしを、
わたしだけを、
切り裂くナイフは、いつまでも、光を放つイデア、
亢進する、グラナダへと行進する、異端者の『保護膜』、
いたましい神経のクリストス、淡雪のアルコールの、異常者、
それは「わがせいしん」の蠱惑する夜、
ランプを持ち来たれ、人格のたもたれているかぎり、
女は泳ぐようにして、この世界のはっきりとした、姿を垣間見る、
「そしてわたし」、きおくではないもの、
消化器官のアラビア的妄想のかぶり、つめこんでゆく、
ややゆるくなる、ややおとなしくなる、もうあきらめて、
こんやの大事な交感するもの、
わたしと女は助け合うのだ、ひとつの存在の鏡、
それはしたしく、それは美しく、観念の歌うタンゴのように、
女の名前を知りたいか。

投稿者

岡山県

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