あの日

 
あの日 ぼくは わたしは
あなたのひだりにたって
うでをひいていたけれど
あなたのひだりのかおは
けどろけどろしていたから
あなたのはんたいにたって
うでをひこうとしたけれど
あなたのみぎのうではまっくろぐろで
そっと つかみひいてみたのだけれども
ずるり 
とおちてしまったから
ごめんね ごめんね
となんどもあやまろうとしたけれど
こえが のどが いきが
くろいほこりにまみれてしまって
つたえることは かないません
 

あの日 あなたは
しきりに ぼくの わたしの
からだぢうにはえたがらすへんを
てつくずを たるきを うじむしを
ひだりのてで きづかってくれていました
ぼくは わたしは ほほえもうとしたけれど
あなたをきずつけぬよう
すこし はなれた
こんくりーとべいにこしかけて
じっと うごかなくなりました
 

あくる日、僕は生まれました。
羽音の静寂は遠く、折り重なる人々は瓦礫の塔に成れ果て、紺碧の空に照った朝の赤光を、
手に透かし、重く、描くことしかできません。
両手に収まる頁から、
次々と焰が吹き零れ、
濁る視界は焼け爛れ、
灰埃の景観が現れて、
唸る赤雲が、
黒い雨が、
血肉が、
死が、
僕の誕生日に添えられています。
 

あの日 兄は 兄貴は
にいちゃんは
トタン屋根の倉庫で
舌をでろん
と伸ばしたっきり
中身を捨てさり
ほんのすこし
ゆれていました
 

あの日 俺は おれは
憎悪の被膜に毒され
ドロリ油を視神経に注がれ
心臓は毎夜、火で炙られ
やがて全身を蝕んだドス黒の血液に
衝動と慟哭を命じられるまま
走り、這いずり、飛びのたうつ
シンナー漂う異様な空間
首元絡むクチナワ
幾重にも捻れさせたが
急所を外された脛椎が
俺の未来を暗示した
・けさないで
膨張する血管
鬱血してゆく顔面
赤く染まる視界
裂ける爪
・いかないで
落ちる

だらり
泡吐き

糞尿 垂れ
眼球
伝う 涙
く く く
〈苦し くて
悔 しい
悲 し
おれは なぜ
こんな めに
ひとり きりで
みかた もなく
お わ る〉
 

ぼくは ぼくは ぼくは
いまでも あれは ゆめみるように
ゆめであったらと
さめぬゆめを みているようです
だけど
けれども
それでもと
あなたのくるしみを
あなたのなみだを
あなたのくやしさを
ぼくに ぼくにさ すこしでも
ほんのひとつぶでも
こぼしてみせてくれたなら
ゆめのおわりまでとんでって
まきつくしがらみを
きれいさっぱりとりさって
いっしょにかんぱいでもしようじゃないかって いいたいんだ
きょうは、ぼくの生まれた日なんだぜ
たあいのないはなしを 初めてしてさ
あんたの日を、ぼくにおしえてくれよ
いや、ツラ貸せよ
あんたへのウラミは数えきれない
顔面一発ボコらせろ
それでチャラにしてやるよ
だから帰ってこい
心臓を奪う手は
窒息させる声は
一体誰だ
教えてくれ!
 

ゆめはまださめない
こびりついてはなれない
うらめしそうにぼくをみる
あんたの 眼
〈ああ おんなじ眼をしてはいないかしら〉
きっといつかさめたら
うらやましがらせてやる
わらってはなせるように なんて
そんなちんぷんかんぷんに
くっしてしまう
それだけはごめんだ
 

ぼくは あの日
二万五千もの宇宙を薙いだ傷跡に立ちつくし催して立ち小便した半身のビルでヘドロとボロ布と黄色が溶け混ざり溜まり行くのをただ茫然と眺めていたアンモニア臭だけがぼくをぼくと規定するまるで子供の積木遊びのような堤防で釣りを楽しむ人々を見下ろしながらコンクリ壁に刻まれた生死の境を確かめて母子の微笑と懐中時計の山を眼でなぞりながらも夢から醒めることを選ばなかった
 
 

ぼくたちをしめころそうとするものはだれなんだ
 
 
 

おにいちゃん
      ねえ おにいちゃん
               ゆめからさめる
     きっといつかのその日まで
                あくる日から
あの日までを
    またいで生きてみようとおもいます
  ぼくたちは わたしたちは これからちかく
  あの眼よりも も っ と 悍ましいものを
    この白い眼窩に焼き映すでしょう
   だからそれまでは どうかお別れです
 

         さようなら
            では
          お元気で
         また
         あう日まで

 
 

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