幸せの試み

それは斜陽の最後の貴婦人よりも

か細く上品だったにちがいない

それはこの表記が正確ではないと

知るに十分な空気の振動だ

ああ

それは風になり僕の眉間を湿らせる

ああ

体がとても熱いのだ

このしずくがどちらのものかもわからぬ程に

あああ

一瞬瞼が微かに開くと瞳は

既にしわくちゃの白いシーツを渡ろうと

淡く虚ろな虹を描いた

ああああ

枕で顔も見えないままで

しかしやはり聴こえているのだ

あああああ

それはこの表記が正確ではないと

知るに十分な足指までの振動だ

ああああああ

女性の出産を思わせるそれは

単純に貴婦人の6倍ではきかぬ

確かな生の叫びだ

生が生を産み出すまでに

何枚の紙が消費され

いくつの「あ」の表記が生まれるだろうか

投稿者

千葉県

コメント

  1. 太宰治さんの「斜陽」は好きで、昔何回か読んだことがあります。
    「あ」から始まり、「ああああああ」とほとばしる「あ」。
    梵字の「あ」とも関係しているのでしょうか?

    詩全体を通してもそうですが、
    確かな生の叫びだ

    生が生を産み出すまでに
    という詩の姿に詩の生のエネルギーを感じます。

  2. @こしごえ
    さん、ありがとうございます。
    梵字の「あ」は新しい発見でした。このような私の詩から生のエネルギーを感じてくださり、そこに梵字という新しい可能性、広がりを加えて読んでいただけて嬉しいです。

  3. あ。が増えていくことで思考(とか快感とか)の螺旋が深まっていくようです。どこか色っぽいです。

  4. @たちばなまこと
    さん、ありがとうございます。
    表現上は「あ」だけの単純なものですが、書きながらいろんな思いが乗っかってきたのを記憶しています。

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