殺郷

師走
せわしなく街が息づき
足早に家路を辿る人達で
私の行動範囲が埋め尽くされた

午前四時半故郷へと向かう
始発列車を待つ
数冊の書と最後の望郷しか持たぬ
大きな鞄を肩にさげ帰ろう

父よ母よ 私を殺せなかった弱虫よ
望まれなくとも殺してみせよう
鞄に凶器を隠して帰ろう

母よ あなたのそのあたたかな子宮から生れ落ち
風にさらされ一度もなくしたことのない力強い愛で

父よ あなたを覚えようと費やした時間の中で苛立ち
その深みを理解し 未だ追いつけずにいる優しさと勇気で

あなたを殺そう

あなたたちのところに置き去りのままの私を
鞄一杯に詰めて
明日の始発で 街をも殺して発とう

どうかこのつかの間の帰省をお喜びください
そうして二度と私を喜ぶことはお止めください
私があなたたちの喜びでいられるのは今日限りです

ベルが鳴りました
ドアが閉まりました
心を開きました
不都合はありません 御心配なく
私は元気です
愛の形を変える旅路につきます
今帰ります さようなら さようなら

投稿者

千葉県

コメント

  1. 狂気のようであり、殺さなくてはいけない故郷を父と母に喩えているようでもあり。
    流石、読ませるなあ!と唸っております。
    冒頭で行動範囲が人々のやむ無き行動で埋め尽くされる表現、不穏さを予感させます。

  2. 「愛の形を変える旅路につきます」のところに、思いを馳せました。どうなってしまうのだろう、本当に父母を…?と色々な想像をかきたてられました。サスペンスやミステリーの始まりのような。故郷でも望郷でもなく「殺卿」という斬新なタイトルがすごいです。ありがとうございました。

  3. 究極的な過去との訣別は、親と故郷をその手で殺すことしかないのでしょうが、そういう意味では希望とか明るい未来を描いているようにも思えます。

  4. この詩を拝読して、この詩から のっぴきならない愛を感じます。
    最終連での着地が清々しい。特に
    今帰ります さようなら さようなら
    という最終行にこの詩の肝を感じます。

  5. 終始暗い諦観に支配されているようでいて、未来への希望と渇望をどこかに感じました。
    何回も読み返したくなるぐらい、耳に残ります。

  6. @たちばなまこと
    さん、ありがとうございます。
    冒頭表現、気に留めて頂けて嬉しいです。

  7. @さはら
    さん、ありがとうございます。
    時代が時代なので、こんな詩をネットで投稿したら、AIなんかが「殺害予告」と認識して通報したり、アカウントがBANされたりしそうですね…
    タイトルに言及頂けて嬉しいです。

  8. @トノモトショウ
    さん、ありがとうございます。
    おっしゃる通り、究極的な過去との訣別であり、希望の詩なんでしょうね、これは。

  9. @こしごえ
    さん、ありがとうございます。
    そのように読んで頂けて本望です。
    ここまでコメント返信してきて、今さらの告白ですが、これは自分が二十歳の時に両親に贈った詩なのです。これを読んで母親は泣き、父親は笑っておりました。当時は今の私よりも若い両親でしたが、早、喜寿になろうとしております。最終行にも触れて頂き、嬉しいです。

  10. @八ッ橋
    さん、ありがとうございます。
    これを今の八ッ橋さんが読んで感じてくれることは、詩や文学に特有の、時空を超えた邂逅のようななんとも言えない感慨があります。
    もしも自分の娘が二十歳になってこのような詩を書いて私に寄越したら、自分は泣くのか笑うのか、そのどちらでもなく頭を撫でてハグしてやろうと決めています。

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