レイモン
僕たちは何て変わった生き物なのだろう
そうだ長い長い筒に入ったうなぎなんだ
レイモン
君は母娘と歩いていた
音のない風がうなじに触れると
何故だか急に口笛を吹きたくなった
何故だか急にだいだい色のやかんが飛んじゃったりして
夢だと分かるんだ
レイモン
まあゆっくり座って
ブラジャーでも眺めていたまえ
ピンセットでインセクトつまんで
えーっとそれから何だっけ
ほら風が吹いているよ音もなく
こうして目をつぶっていると
気持ちがいいじゃないか
でもいつも偏西風なんだよね
いずれにせ
よ
言いたいことだけは言っておく
よ
最も単調な事実の中にさえ偉大な空想は飛躍するが
偉大な空想の中には最も単調な事実さえ存在しない
よ
いーよ いーよ もーいーよ
いーよ 言ーよ 最ー偉ーよ
それと
君のマルトに対するやり方は
あれだな
つまりそのぅ
塵だ
ちりも積もれば関の山
ちょっと違ったかな
まあいいや
ほらごらん
きみはこの劇の主人公
しかも脚本家
だけどきみは脚本の中身を思い出せない
その時が来るまではね
さてレイモン
君は父娘と歩いていた
音のない風が陽炎をくゆらすと
何故だか急にせんべいを食べたくなった
何故だか急に草加煎餅を食べたくなったんだ
コメント
ああとは、せんべいがすきです、前輪はすぺあがすきです、ヨークシャーのコイルのように、とろける揚子江の、かわはばいっぱいに。すきです。
『肉体の悪魔』は読んだことないけど、この作品で読んだ気になっていいのかしら。せんべい食べながらブラジャーを眺められたら、それ以外はどうでもよくなるでしょうね。
三島がなりたかった夭逝の天才ですか。
作者の込めたい思いや遊びを詰め込んだようなこんな詩、私もいつか書いてみたい
よ。
坂本さん、トノモトさん、あぶくもさん、コメント誠にありがとうございました。レイモン、そしてマルトという名前から想像されるようにこの詩は「肉体の悪魔」というレイモン・ラディゲの小説に何らかの関係があると言えます(マルトは小説のヒロインの名前です)。どんな関係があるかは野暮なので申しませんけれども、少なくともこの詩の内容は小説とは関係がないと言えそうです(小説の方はもっと高尚です)。私はこの小説を、主役の少年と近い年齢の時に(ラディゲがこの小説を書いたのと近い年齢とも言えますが)読んで、行動様式に少し変化が起きるほどの衝撃を受けました。それからずいぶんと年月が経ち、近年再読したのですが、もう衝撃は受けませんでした。小説は変わっていません。ですからもちろん変わったのは私の方です。それは嬉しいことでもあり悲しいことでもあります。
洗練されていますね。ため息が出ます。
風の仕業を思って読み進めました。
レイモンもマルトも母子たちも読者の私ですらピンセットでつままれている方の立場なのかもしれません。
レイモンについて調べてからと出直してきたら、たかぽさんによるエピソードがコメントされており、見つけられなかったものですから助かりました(てへ)
@たちばなまこと
たちばなさんにそのように評されるのは嬉しい限りでございます。ありがとうございました。
異次元的な詩のように感じます。でも、たかぼさんにとってはこの詩は必然的な内容なのでしょうね。この詩を拝読して詩の自由な可能性があると感じました。
最終連の着地にユーモアがあると思います。おもしろい。
@こしごえ
「異次元的」とはなるほど的を射たような表現を頂きました! ありがとうございました。