書かない手紙

まともな医者を探して
野良猫の群がる廃屋を出奔した時から
もうすぐ十年が経つ

その頃父はまだ生きていて
私が何故自分を置いて家を出て行ったのか
単純に分からなかった

気丈だったからか
病気ということそのものの意味を
分かろうとすることがない人だった

それから数年後に癌で亡くなった
段々おかしくなっていく体調を
自分でもどうしていいか分からないまま

誰の為に生きているのだろう
何故生かされてきたのだろう
どうして生きようと思うのだろう

あなたがいなくなってから
本当に寂しい
良くも悪くも何も言ってくれない人だった

できることはあったと思う
言葉にしてさえくれれば
理解してあげられることのひとつぐらい

そんなことを今考えても
仕方ないのは知っている
母は今もあなたに謝ってばかりいる

病気はひどい
でもあなたが守ってきた家族が
支えてくれている

野鳥が小さな巣を作るように
私も荒れ地に住み着いて
好きに生きていくだろう

若かった頃のあなたのように
蹴躓くことも頽れることも知らず
能天気に

だから
さようなら
ありがとう

きっと
いつかどこかで
また会おう

投稿者

神奈川県

コメント

  1. やさしくて、
    せつなくて、
    でもじんわりとあたたかい、
    そんなお手紙ですね。

    「だから
     さようなら
     ありがとう

     きっと
     いつかどこかで
     また会おう」

    とても心に
    しみました。

  2. @草野まこと
    言葉以外のものならなんでもくれる人でした。どうしても、私が言葉に飢えていることがよく分からないみたいでした。母がいまだにお骨と暮らしているのも、現実的な問題より、本当は別れるのが寂しいからかもしれないです。まあ、子供にはよく分からない世界ですが。

    優しさを感じるのは、草野さんの心のなせる業です。読んで下さって有り難うございます。

  3. 私の父もそんな人でした。
    砂漠の中で逆立ちしても生きていられるとか豪語していましたが
    心筋梗塞であっけなく逝ってしまいました。
    私は父のようには生きられないけれど
    きっと いつかどこかで また会えると思えました。

  4. @nonya
    有り難うございます。
    うちの父は人間がいつか脇毛で空を飛ぶようになるんだとか言ってました。
    そういうところに、正直凄く困らされました。

    でも、会えたら号泣してしまうだろうと思います。

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