ちあきなおみが歌うとき

バラックの屋根のトタン板が風に鳴る
バロックのオルガンの尖塔に鳴る
飲み屋の酒瓶がワルツのように並んでいる
遠いのかい、ここから遠いのかい、ボウヤ
それでも一番星は、奴さんを踊る
やっこさーーん、なんて言い声
日本の冬の夜だね、ミサイルが飛ぶ夜だね
幻想の海溝が黒々とのびている
女はひとりで飲んでいる、その隣に影がある
その影について、学者たちの大いなる学説を聞こうではないか
冬眠中の熊たちの心臓はゆっくりと
大陸間を飛ぶミサイルは燃料をゆっくりと消費する
そうだろう「いつものように幕があく」
広い海を記憶しているのは、メモリーである
司会者はもう彼女が歌わないことを知っている
だから越前ガニの長く伸びた脚は
彼女の背中からすべての脚をだらりと垂れて
「お客さん飲みましょうよ」まだいけるでしょ
いいや正直に言うともう立たないのだ、ユンケル
皇帝はあきらめている、戦場はとりかえしがつかない状態なのだ
煙、破裂音、うめき声、血の匂い、死との戦い、
いいや俺は何万もの大軍と闘っている、死を覚悟して、
「それでは歌ってもらいましょう」
なーんごーくとーさをあーとにしいーてー
南海の小島のクジラを殺します
そして食べます、細工にします
皮はやわらかく煮て食べましょう、それはとても美味です
ちあきなおみが歌うとき、どうして声が出ないの
テレビの故障だと思います、酢味噌でおいしくいただきます
ミサイルはどうして捕鯨船から歌います
唇はどうして、動かなくなるの
悲しみのことを考えるときには
悲しみは深海のキハダマグロ
それは歌わない、それはもう決して歌わない
りんごーのはなびらがーかーぜにーちいったよー
人間の首が風に散る、それは戦場です
おとめごころはないたとさ
歌えないとき、歌わないとき、歌をください、歌わせて、
そしてすべては過ぎ去りし夢、ユンケル
皇帝は王冠をぬぎすてた
感覚するものは、はや歌である
女はやさしく
唇を。

投稿者

岡山県

コメント

  1. ちあきなおみさんが歌うのをやめていることについてはいろいろ言われていますが、それによって表現者としての自らを完結させているような気がします。でも、ファンは再起を待っているでしょうね。

  2. わたしは、彼女のくちびるが、彼女の歌のために、うごくことがあるのかと、想像します、それは何にたいする期待なのでしょうか、歌が彼女にとっても、歌であることを、どんなに静かな空間にいても、彼女のくちびるが、彼女の歌のために、うごくことを静かに期待します、そうでないと、歌はさびしすぎる。

  3. 妙に気になると思ってこの詩を何度か見ていましたが、「ちあきなおみ」って名前は一種の詩ですね。ひらがなだけのところがまた良い。ちあきなおみが詩だったとは新たな発見でした。

  4. 夢を見ている時の、出したいのに出せない声、行きたいのに場面変換する不条理などを感じます。
    プロフィール画像。今回のもそそりますね。

  5. あくまでそれが「芸名」だとしても、すでにそれは文化の一部なのでしょう、不思議なことです、歌う人がいて、聞く人がいる、その構図は、古代の人間の炎を前にした、静かな夜の一部です、けっしてその在り様は変わっていない、しみいるものは、しみいるものです、そしてそれはいま、過去と言う古代の空間にまぎれていきます。

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