とある絵の話
一目見た瞬間、「これだ」と思った
はたから見れば、「どうしてだ?」と馬鹿にされるかもしれないが
ただ率直に、きれいだと思ったあの「絵」
率直に美人だな、と思った
真っ青な瞳に黄金の髪、ほのかに赤みを帯びたほほ
和やらかに微笑む口元も、その純白の服装も
どれもこれもきれいだ、美しいと思った
なのにみんなその絵は避けて通るようにしている
まったくもったいないことをするものだ
周りの絵、彫刻や細工物も随分と綺麗だし、高そうだ
それでも、俺は、あの絵がいい
しがない画家だったし、作家でもあったから
綺麗なものや秀逸なものにはいつも惹かれる
「俺もこんなの作れたらな…」と
ちょっとだけ嫉妬してしまう、その技術と才能に
ただ、あの絵を見たとき
そんな嫉妬や劣等感なんて感じず、ただきれいだと思えた
それと、微笑んでいるのに、どこか悲しそうに見えた
なぜなのか、今でもわからないけど
たしかに、悲しそうだった
俺はたびたびその絵のあるところへ通うようになった
二日か三日に一回は、拝みに行った
どうもその絵を気に入ってしまって、見ないとイライラしそうなほどだった
それほどに、はまってしまっていた
ちょうど冬が終わったころか、一年ほどたっていた
出会いと別れの季節とはよく言うものだ
彼女は突然その姿を消した
俺は、愕然とした
どうやってこの気持ちを伝えればいいか
例えるなら、崖から落とされたような
言うなれば、大切なものを盗まれたような
そんな気持ちだった
「あの絵、好きだったんだけどな」
ポツリつぶやいた
コメント
絵を愛するとき、絵が愛するとき、話しかけてくるのは、どちらなのか、絵が愛するとき、絵を愛するとき。
人が、観る絵を選ぶように、絵も、観る人を、もしかしたら選んでいるのかな、…などと、読後想ってみました。理屈ではなく惹かれる絵ってあります。絵に選ばれているのかもしれません。
@坂本達雄
目が合ったとき,それはどちらから合わせたのでしょう.目は口ほどにものを云うと言いますから.
@長谷川 忍
まさにそうと思います.絵だけではなく,いろいろなところで,人は人ではない何かに選ばれるのでしょう.一所懸命であればある程に.夢中で生きているほどに.