典子外伝ーその三ー
フランスでの仕入れを続けています
聖マリアのための王冠、これは小さなもの
白いケーキスタンド、マロンを乗せたケーキが似合いそうな
そしてこちらは典子のための十九世紀のオルガン
暑いボルドーの夏も終わりを迎え
あちこちでワインの仕込みが始まっています
キュラソーへ行ったのは何年前だったのか
すべては伝説と神話の中にまぎれこんでいきます
知人の紹介で『ランボオ』が泊まったと言う宿屋へ
車で行きました、昼過ぎの〈なまぬるいワイン〉を飲み
堅いだけの〈パン〉を手でちぎり、窓から見える景色は
ポツポツと繁る低木は丸く見える、それだけ
肉料理を注文したのだけれど、出て来たのは「豆のスープ」
何がどうなっているのか、わたしにはわからない
知人は宿屋の主人とフランス語で話しているけれど
それともわたしは酔っているのか、豆は〈ひよこ豆〉
サンサーンスが作曲したと言う〈ベンチ〉に立ち寄ってみる
アヒルがたくさんいて、わたしたちの足もとまで来て
彼はオペラグラスを取り出して、遠くの夢を見る
パリは北西の方角に今もあるのですか
ヴァレリーは言いましたか
やがて森は落葉の季節を迎え、女達がボートに乗るだろう
その時にはレースのパラソルが雷神を招くし
植物園のかたすみのダリアの花が風神をすぐに来てと
驚いた表情で典子の髪が青空へ巻雲のように、そして
ロイヤルコペンハーゲンの陶磁器が室内を飾る秋を
桃の葉もすでに黄ばんでいる湖のほとりに来て
脳内の十六の電極から〈外部のパソコン〉へとアクセスする
量子重力理論を完成させる彼の努力を
ワイン醸造家となった彼の妹の毎日が求めるものは舌
おそらく喉の筋肉は衰えて、マーキュリーのふくらはぎ
センテンスは短くグラナダへと楓の葉よりも飛ぶ
ストライプのブルマをはいてブランコに乗っていた
あの頃の典子は
そうです、あの頃の典子の黒髪を思い出します
ジュスミンティーをそそぐ弥勒菩薩の右の耳
ルーブルの音楽は現代の画家が描いた星雲によって
アシナガバチはロダンの『接吻』を刺そうとしている
手をとり、彼女の脈搏を数える時
〈オード〉、そして森へとつづく道を馬車で
深まり行く秋
馬車はすすむ
典子はすがすがしい今日の空を見る
愛して欲しいから
発熱はつづく。
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