囚われの身が見せる夢
ふと気がつくと男は
宇宙船と思しき重い鉄の扉に閉ざされた空間の
少しも寝返りを許さない細いベッドの上に
胴体から胸部、頭部の全てを拘束されていた
真上方向にしか効かない視界にヌッと現れる女
人間か いや
首から下がどのような形態なのかを悟られたくないかのように
女は注意深く男の固定された狭い視界に現れては消える
何やら神妙なそれでいてまるで感情のない
電気羊の夢を見ているだけのアンドロイドのような
事務的かつ機械的な言葉がこれから男の身に起こる出来事についての予言さながらに
仔細に渡る説明となって男に浴びせられる
そうかおれは囚われたのか
と男はようやく状況を理解したようなしていないような諦めにも似た半ば力のない表情となる
徐ろに当てがわれた両の耳の骨伝導装置のようなものから
流し込まれるエンヤの荘厳な癒しの声
C₂₁H₃₀O₂を感知するタンパク質からなる化学構造体により
全身に張り巡らされている生命システムの隅々に聴覚を経由した何かしらの作用を男は感じていた
マニュアル化された手順を手際よく推し進めるだけの
女が醸し出すまるで癒しとは程遠い空気感が部屋中のそこかしこに充満し
その恐怖にビクッと痙攣するかように男の脚は反射する
女の合図でそのまま細いベッドは動き出し
硬質なチューブ状の構造物の中に吸い込まれてゆく
これは女の、アンドロイドの、電気羊の、
子宮につながる産道なのかも知れないと
男は悟るがまるでなす術はない
やはり悪い想像というのは的中するもので早々にエンヤは掻き消され
アイリッシュの響きとは対極にあるかのような
野太く歪んだレーザービームをこめかみに照射された瞬間
男は眉間に皺を寄せ瞼をシバシバさせた後にゆっくりと綺麗に白目を剥く
そのまま黒目は戻ることなく目は閉じられたまま男は女の動作を受け入れるだけの棒となる
束の間止んだかと思うと再びすぐさま静寂を劈く鉄槌が脳髄に打ち込まれるように
リズミカルな振動が頭蓋を振るわせると
男の吹けば飛ぶような取るに足らない社会的地位や何とかマトモでいようとする理性など
砂上の楼閣よりもいとも容易く崩壊する
呼吸管理はされておらず口の拘束は免れているものの
息を整えて平静を装うだけで精一杯となった男は
叫び出したい様子だけを表情に浮かべてはいるが実際には一言も声を発することはできない
お願いだ
誰かおれを静かに眠らせてくれ
このままだと気が触れてしまいそうだ
誰かおれを静かに眠らせてくれ
もしかするともう気が触れてしまっているのかも知れない
女は手を変え品を変えという素振りで男に様々な刺激を注入し続け
男の脳がいかなる反応を示すのかを何やら克明に記録しているようで
それは後にあらゆる角度で頭蓋と脳を輪切りにして提示するための手順であることを知るまで
男は目を閉じたまま女に心の中で懇願して止むことがなかった
コメント
女医さんか女性レントゲン技師か? 1連目でMRIに入るのかと思い、そのまま最後まで突き抜けました。職業病かもしれません。
@たかぼ
さん、正解。
金曜日に脳ドック(頭部MRI)に行ったのですが、あまりに暇で詩が生まれました(^^)
@あぶくも
さん。いや、でも、SFを読んでいる気分になりました。記憶をなくした男がMRIに入るとこんな感じになるかもしれませんね。
どういう状況なのか、いろいろ想像してみたのですが、…なるほど、MRIでしたか。MRI検査は、私もやったことがあります。ちょっと不思議な状況ですよね。エンヤの声というのが、この詩の中のちいさなアクセントになっています。
作品を拝読させていただきまして、寄せられていますコメントで、ああ〜ッ!なるほど(^.^)と。わたくしにも分かりまして、面白い♪なと、再読させてもらいました。
私も最初、SFだと感じて読みました。MRI検査、確かに囚われの身ですよね。(笑)
@たかぼ
さん、得体の知れない怖さみたいなものを際立たせてみました。記憶喪失の男のMRI、なるほど!
@長谷川 忍
さん、ありがとうございました。想像しながら読んで頂けて嬉しいです。ちょっとわかりやすくし過ぎたかも知れません。今回の病院での脳ドックは初めてでしたが、エンヤは事実で私も驚きました。
@リリー
さん、ありがとうございます。
あまり馴染みがないのですが、SFっぽいアプローチは嫌いではないなぁと書きながら少し楽しくなっておりました。
MRIだー。
〈もう正解は出ていますけど)
エンヤ、もはや懐かしい域に入ったような、クラシックの域のような。
眼球の表現が特に好きでした。
@たちばなまこと
さん、MRIですー、はいー。
流れるエンヤも実話ですー。
SがMを書いたような、MがSを書いたような詩になりましたー。