1829

11人いる、だとか
七人の侍、とか
人数の分かる題名が特に良い
三銃士、と
12人の怒れる男たち、も
ぼくらは数えるのが好きだった
これまで数えてきた
ぼくらは何人いるだろう

生まれたんだ、そして死ぬまで

ぼくらはいっしょに旅をした
ときには増えたり減ったりもして
あのときのぼくはどこに
こんにちは、さようなら
そしてまた、こんにちは
移ろっていく
言葉が言葉を生む
言葉がぼくを生む
ぼくらはまたひとり増える
あのときの気持ちをなくして
ぼくらはひとり減る
数えられないものを数えている
世界に部分は存在しないはずだ
すべてはつながっていて、
宇宙も理由も、なにひとつ交換できる一部はなかった
ひとつも同じものではないリンゴを数えられるように
別のものに同じ名前をつけている
ぼくらはさみしくならないように、数えるのが好きだ
誰かの意味を数字として見ている
数えるぼくらにとって

101匹わんちゃん、も

投稿者

北海道

コメント

  1. 言われてみれば数字が題に入っている作品は良い作品が多い気がしました。11人いる、七人の侍、12人の怒れる男たち、最高でした。フェリーニの81/2やブラッドベリの華氏451度、それに2001年宇宙の旅なんてのもすぐに思い出します。最近では鎌倉殿の13人も大河にしては秀作でした。

  2. たけしのGONINも5人のことならもっとありそうです。

    ぼくらはさみしくならないように、数えるのが好きだ

    壮絶すぎる生き様から来るのかこのフレーズは好きだ。

    太田中将が死んだ日から何十年たっても同じ日は来る。
    大田区で生まれ育った僕は幸せすぎて数字を捨てたのかもと
    ふと思いました。思い出させてくださってありがとう。感謝。

  3. 数えられないものを数えている と ぼくらはさみしくならないように、数えるのが好きだ
    というところが特に好きです。
    なぜそう感じるのか分かりませんが、この詩の話者の穏やかな雰囲気がとてもいいと感じます。

  4. 「世界に部分は存在しないはずだ」というところにとてつもない安心感がありますね。1829、ぼくらは何をどれだけ数えてきたんだろうか。

  5. 『黒い十人の女』とか『12モンキーズ』とか『第三の男』とかも、このカテゴリーでしょうか。最後のひとりになるまで言葉を紡ぎたいですが、そうするとまたひとり増えて、終わりのない世界ですね。

  6. ぼく、ではなくて、ぼくら、であることが興味深いです。ぼくらだから増えたり減ったり出来るのかしらーって。
    曖昧な事象を数字にして把握したいぼくらです。それが死亡数とかになると途端に味気なくなるのはなんなんでしょうね。

  7. 数えること。
    深いです。

  8. @たかぼ
    >数字が題に入っている作品は良い作品が多い気がしました。
    数字の魔力というか。人の直観に訴えかけてくるものがあるというか。数字って、好きでも嫌いでも無視はできない。ゼッケンです。たかぼさん、こんにちは。人の脳の回路特性なんでしょうね。人間が無視できないものとしては顔がそうなんですけど、壁のコンセントすら顔に見えてしまうという。顔を抽出する専用の神経回路があるからだそうですが、広告も人の顔を使うものが大半だし。数に敏感な脳の特性をうまく利用したタイトルを思いつけるのは意識的か無意識かにかかわらず、まあ、やっぱ、その作家の方々が人間を理解しているんだろうなあ、って。人間を理解している人が創った作品がやっぱり我々人間にはおもしろいんだなあと思う。

  9. @足立らどみ
    >たけしのGONINも5人のことならもっとありそうです。
    ここでGONINが出てくるかー。私にとっての正解のひとつ。らどみさん、こんにちは。ゼッケンです。30年近く前、映画館で見たわけですが、それからずっと、いまでも影響受けまくってます。でも、影響を受けすぎるのではとびびって、石井隆作品をそれ以上深掘りはしなかった。まったくの腰抜け野郎ですよ、昔から私は。

  10. @ゼッケン
    さん。なるほど。よく分かりました。

  11. @こしごえ
    >この詩の話者の穏やかな雰囲気がとてもいいと感じます。
    ついにゼッケンも穏やかさを描けるようになったかと感慨深い。いや、うそ。まだ自在には書けないことを告白。こしごえさん、こんにちは。無責任な自己の否定も肯定もしたくなく、そうは言っても一番質の悪い思考停止に陥っているのではないかと恐れている、やたら口ごもる中年の男、ゼッケンです。

  12. @あぶくも
    >「世界に部分は存在しないはずだ」というところにとてつもない安心感がありますね。
    ばきゅーん。ここにとてつもない安心感を覚えるというあぶくもさん、こんにちは。どうした? 夜は眠れてますか? まあ、1829のドタバタを書けるあぶくもさんなら寝れてそうだなー。ゼッケンです。でも、きっと、日ごろからアイデンティティの危機には見舞われっぱなしにちがいない。まだ僕には帰れる所があるんだ、こんな嬉しいことはない、というアムロの台詞がいたく心に響いてしまう、あるいはよくつぶやいてしまう、そういう症状が出てませんか? 

    >1829、ぼくらは何をどれだけ数えてきたんだろうか。
    このお題を考えたやつ出てこい、と。なつなつさん? 感謝ですよね。1829で詩を書けという無茶ぶりに呻いた末に、この数字が「何」を意味するかなんて知らねーよ、となって。考えるな、感じろ、の境地に。あぶくもさんの1829もその境地で書かれたものでしょう。絶妙に解釈を拒む意地の悪い数字のチョイスがすげえ。

  13. @ゼッケン
    さん、こんにちは。詩そのものも詩人とのコメントのやりとりも面白いです。昨夜もよく寝れました、あぶくもです!(^^)
    >絶妙に解釈を拒む意地の悪い数字のチョイスがすげえ。
    これ、ほんとにそう。
    この企画のタイトル決める経緯をどっかで那津さんに語ってもらうか、詩にしてもらいたい、才気迸るタイトル設定だもの。

  14. @トノモトショウ
    >『黒い十人の女』とか『12モンキーズ』とか『第三の男』とか
    We did it. ゼッケンです。書くものも骨太アート成分特濃のトノモトさん、挙げる映画もエッジが立っている。
    >最後のひとりになるまで言葉を紡ぎたいですが、そうするとまたひとり増えて、終わりのない世界ですね。
    そう、それ。言語と人格は源を同じくするひとつの自己創発システムなんだろうなと思います。自分を自分で定義することはできない。なぜなら、定義後の自分は定義された自分を知っている自分であり、定義前の自分とは異なっている。己に向けて言葉を発した自分はいまだ定義されていない自分となる。延々とこれを繰り返す。いつかすべてを忘れてしまえる瞬間が来るまで。

  15. @たちばなまこと
    >ぼく、ではなくて、ぼくら、であることが興味深いです。ぼくらだから増えたり減ったり出来るのかしらーって。
    ったー。見抜かれてる。ばれてるよ、どうする? ゼッケンです。ぼくとぼくらの境界、というか、「ぼく」と「ら」の境界ってありますか? っていう問題意識です。新陳代謝で細胞は入れ替わっても、意識はずっとひとりの「ぼく」のままって、なんか、ホントか? 脳を構成する神経細胞自体は入れ替わらないと思われてるけど、すくなくとも回路の配線は寝るたびに変わるんだから、自分が別人になっていることを気づかせない仕組みがあるんじゃないのかという。24人のビリーミリガンで有名な多重人格とはちょっと違うことを言いたいんだけど、うまく言えないもどかしさ。
    >曖昧な事象を数字にして把握したいぼくら
    きっとそれはぼくらが曖昧だから、輪郭が欲しいんです。誰かに数えてもらえるように。たとえそれが死亡数であっても。私が死んだのに死亡数が増えなかったら、存在の耐えられない軽さを実感することになりそう。

  16. @Yatuka
    >数えるということは、愛でもあるんだ、と。
    たぶん、哺乳類は数えます。母親は赤ちゃんの数を把握してるはず。マンボウみたいに3億個も卵を産む種族はおそらく数えるんじゃなくて確率を計算している。自分の子供が何人いるかではなく、何パーセント生き残っているかって。

    >苦手だった数字が少し好きになれそうです。
    私も数字は苦手です。だって得意な人たちを見てたら、多少の努力ではどうにもできない差を感じさせられて、それがつらい。だから、わたしの場合は他人へのやっかみから来る数字への逆恨みです。いままでごめん、数字。ゼッケンです。でも、やつかさんが数字を少し好きになってくれたのなら、私の数字に対する償いとなります。

  17. @あまね/saku
    >数えること。
    >深いです。
    往年の高倉健さんを彷彿とさせる不器用なコメント。あまねさん、こんにちは。ゼッケンです。でも、健さんは本当は何でもできる器用な人で不器用を器用に演じていたという話も。それはだから、当たり前だけど、健さんは不器用さを売りにしたんじゃなくて、男子なら皆が憧れる大人の男を体現したんだと。それに成功した数少ない俳優だった、と。いまでも、そういう渋みを表現しようとすると、高倉健かクリントイーストウッドのどちらかをなぞるしかない気がしますよ。で、冒頭に戻って、あまねさんのこの渋いコメント。みなさんもご存じのとおり、あまねさんの作品は超絶テクニカルです。つまり、やったよね、これ、完全に。器用に不器用やったよね、これ。やってるな、あまねさん、このやろう。意識してなければ手抜きではないのか、と問い詰めたりはしないゼッケン。ゴールデンウイークのご祝儀相場以外でもコメントもらえるよう精進してまいります。

  18. 数字って、不思議だなあ。
    読後、ふと思いました。
    普段、何気なく数えているけれども、
    その裏側に、ちいさな人生がつまっているのかもしれない。
    「ぼくらはさみしくならないように、数えるのが好きだ」
    このフレーズ、好きです。
    いいですね。
    さみしくならないように、数える。

  19. @長谷川 忍
    >数字って、不思議だなあ。
    もうね、これに尽きますね。天才ぞろいの数学者の中でさらに数論は別格となるのもうなずけます。数学に人類の叡智が惜しげもなく注ぎ込まれてきたのは、「数字って、不思議だなあ」って全人類が一度は思うからだろうな。いままでもこれからも。んで、過去と未来の全人類を代表してはせがわさんが発したこの「数字って、不思議だなあ」を引き出したのは、やはり、数字を1829に設定したお題が秀逸だったんでしょうね。想像力を刺激しつつ、けっして正体をつかませない数字の蜃気楼。とぼけた顔してババンバンですよ。

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