何も知らない

初めだけ機嫌よくお酒を飲んでると思ったら
少ししたらいつもみたいにブツクサ言い出して
そしてまたあたしにあたってくる
いつもの地獄みたいな家で

お母さんが家を出て行っていなかったとき
あたしはあの人に別の絶望を投げつけられてからずっと
消えない鳥肌みたいな体じゅうのヒリヒリした感覚が拭えないで何年もいるの

お母さんは何にも知らなかったから

とにかく先の尖ったものを探して探して思いついたのが
いつかまだ家族が家族だと思えていた頃にBBQで使ったことのある金串
埃のかぶったキャンプ道具の中に錆の付いた何本かをようやく見つけたの

縦に握って持ち手の輪っかに親指をかけて
その手を反対の手で握り込んで支えたら
振り下ろすのに一番力が入るかなって
何度も何度も頭の中で行動を繰り返したの

お母さんは何にも知らなかったから

お風呂が長いとかトイレが長いとか
もっとゆっくり食べなさいとか
帰りが遅いとか
毎日毎日口うるさくあたしに言うけど
どうしてそうなのか考えたことある?

自分の裸なんて見たくないから本当はお風呂も嫌い
あたしはいつも目を閉じて頭から湯船の底に沈んでる
息を吐き切ると体は重さで沈むんだ
世界がくぐもった音になって次第に喉から肺が絞られたようになっていく
そのギリギリで水面に顔を出した回数分だけ
何かが少しだけ柔らかくなるの

トイレにこもっているのはそこだけがあたしにとって
言ってはいけない言葉をただひたすらに排泄できる場所だから
汚いものが水に流れていくことだけで救われるような気持ちになるの

お母さんは何にも知らなかったから

今夜あたしは今からあの人の呑気な鼾が聞こえる寝床に忍び込むの
一番柔らかそうなあの無防備な喉をめがけて
瞼が先の方が良いのかな
でもそれじゃあ息の根は止められそうもない

今度は全部あたしがやるの

そしてあたしもみんなに言ってあげる

お母さんは何にも知らなかったから

お母さんもまたそうやって言えばいい

お母さんは何にも知らなかったから

投稿者

千葉県

コメント

  1. これは剣呑ですね。わたしはゼッケンですが。ウチイリハウマッチでふざけすぎた反動でしょうか? あぶくもさん、こんにちは。この作品が画詩であぶくもさんの頭に金串刺さってる画像が投稿されてたら、いいね押しちゃったと思うんですけど。不謹慎? そう、不謹慎さが足りないと思うんです。なんか、こう、辛いだけというか、いや、これがあぶくもさんの実体験に基づくものだったりすると、いま、私、思い切り地雷踏んでますけど、創作物だという前提で、かつ、あぶくもさんが正義と娯楽の両立を疑わない作家さんだということで話してますけど。これ、さんまさんが「ほんで?」って聞くやつ。表現がテーマの重さに負けて、取り繕って萎縮してるように感じるんだが、誰か、読み方を教えてください(あぶくもさん御本人でもいいんですが、作品の自己解説を強要されるほど作家の魂を地獄につき落とす所業もないので、たかぼさんあたりにどう読んだか聞きたい)。

  2. どう読んだか、ということですが、私には痛いです。ところで先日、カンヌのパルムドールをとった「TITAN」という映画を配信で身始めたところ、痛すぎて途中で断念しました。この映画ちゃんと最後まで見ると良いですか? 誰か教えてください。あぶくもさんのこの詩も、最後までちゃんと読む方が良いかどうか迷いましたが、最後まで読んで納得しましたのでいいねを押して感想を書いています。ゼッケンさんの「表現がテーマの重さに負けて取り繕って萎縮しているように感じる」というのは言い得て妙ですね。さすがです。例えるならハードロックのような作品かな。確かに表現がちょっと真面目すぎるけど。

  3. @ゼッケン
    さん、そうそう正に前回投稿からの反動なんです!あぶくもです。(なぜかここ真似てしまうw)いつもありがとうございます。
    この詩に限らず詩全般の読み方ですが、やはり読者の前提の置き方かと。内容よりも先に、誰の、何を、どんな風に読みたい、が読者側にある場合、そことの差異としての感想が生まれますね。それには常に抗っていたいと思ってはいるんです。窮屈だから。映画は広告や予告編によってこういうことがままありますね。そういう意味では、これは雛壇芸人の集団話芸でも「すべらない話」やエンタメ系の作品とも違うジャンルかも知れないですね。辛いものを感じた時に、辛さをユーモアでくるんで差し出すも良し、想像ドキュメンタリー的に差し出すのも良しかなと思う中で、今回は後者のアプローチに近いのかも知れないなぁ。
    またそのうち不謹慎なやつ、書こうかな(^^)

  4. @たかぼ
    さん、ありがとうございます。
    痛いという感想が、関西的に言う「イタい」でないことを祈りつつ、映画『TITANE』の話も聞いて俄然観たくなりました。でも、途中で観るのを断念するのも良い判断ですね、私も小説などでは時々そうなります。同じ痛いものでもそうなるものとならないものがあってその差が何なのかが自分でもとても気にかかるのですが。
    この詩の表現が真面目過ぎるのはひとえに私が元来真面目人間(!)だからということにしておきましょうか。ある種実体験とはほど遠い世界を垣間見た「痛み」をそのまま想像して紙に貼り付けたような作品なので、タイトルの主語は私なんですね。いずれにしても、最後まで読んでもらえて感想もらえてホント有り難いです。
    また、ラブソングみたいなのも書きたいな(^^)

  5. 何も知らない 何にも知らなかったから というね。何も知らなかった(過去形ね)者を知っている故のこの詩(の内容)なんですね。まあ、現実にも、もしかしたらこういう風な物事が起きているの かも かもしれませんね。それを想像で詩にする あぶくもさんの詩人としての性というか業というかが光ります(いい意味で)。
    この詩で、主人公がやろうとしている事は、ある面から見ればゆるされることではないのでしょうが、「あたし」の思いを読むとですね。うんうん、となるかな私は。いえ、ね。
    しかしここで私が何を言いたいかと言えば、強烈な内容でなおかつ詩として成立させていると感じさせる作者の筆力に乾杯します。さすがあぶくもさん♪(^-^)

  6. @こしごえ
    さん、ありがとうございます。
    現実にこういうことが起きているということを知った自分(作者)のことを含めてそれを知らない人にも向けて『何も知らない』とタイトル表現しました。それもありますが、何も知らないのはお母さんであり、寝床に娘がやってくることを知らないお父さんであり、、、という感じですね。知っているのはあたし(があたしを知ってる)だけ。それは結局はみんなそうなのかも知れない。無知ってある意味では強いんですよね。できれば知った後の方が強くなっていたいんですが。

  7. @たかぼ
    真っすぐ勝負してないうんこみたいなやつがたかぼさんの名前使うな、と言われそうなゼッケンです。
    無茶ぶりに応えてもらって恐縮。たかぼさん、ありがとう。
    そして、ごめんなさい。私の振りが先にあったせいで、たかぼさんの本来のコメントの方向性が変わってないか、いまさらながら、心配ですよ。言いたいこと、言えました?
    >カンヌのパルムドールをとった「TITAN」という映画を配信で身始めたところ、痛すぎて途中で断念しました。
    これって、たかぼさんの痛いの意味は肉体が本当に痛そう、ですね。
    予告編しか見てないけど、たしかに迷う。

  8. @あぶくも
    >詩全般の読み方ですが、やはり読者の前提の置き方かと。
    >それには常に抗っていたいと思ってはいるんです。窮屈だから。
    ぽえ会の雲のジュウザことあぶくもさん、こんにちは。ゼッケンです。
    あー、それはありますね。読者の予想を裏切っていかないと、なにやってもキムタクって言われちゃうし。
    が、しかし。それはキムタクレベルの話だからという気もする。

    で、こしごえさんへのあぶくもさんの返信でこの作品の読み方が分かった気がする。
    あぶくもさんにとってこの題材は自分事にしきれるものではなくて、それで「何も知らない」というタイトルが作者自身に返ってくるというメタ構造になってるのが、最初、読めなかった。勉強させてもらいました。

  9. 上のゼッケンのコメント、表現が不自由で誤解生みそうなので追記。
    >あぶくもさんにとってこの題材は自分事にしきれるものではなくて
    という部分、これはすべての他人にとってという意味です。あぶくもさんの能力不足だとディスってるわけでは全くないです。家庭内の虐待というテーマの重さを告げるのにメタ構造が取られているという理解です。

  10. @ゼッケン
    さん、返信遅れましたが、いろいろお気遣いコメントさせてしまったようで恐縮です。メタ構造と言えばそういうことになるのかな。まぁ私は詩作において読者の期待とかあんまり考えておりませんで、裏切るも何も期待とかされるようなタイプでもないので、自由に好き勝手思いつきで詩を投稿してます、の、あぶくもです。
    ゼッケンさんの不謹慎なやつ(娯楽として良い意味です、もちろん)のお手本みたいなやつを拝読して、私もいつかそういうものも書くかも知れないし、書かない(いや、書けないw)かも知れません。お伝えしたいのは、このぽえ会の、こうしてコメントをやり取りできることの魅力について私個人的にはかなりポジティブに捉えているということですかね。嬉しかったんですよ、ゼッケンさんのコメント。当たってるところもあるかと思いましたし、ね。引き続きよろしくお願いします!

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