海辺
大洋の波が疲れを休めに小さな湾へ入る
湾を取り巻いた山々は厳しく空を区切り
空は益々 高く逃れ大洋の波を冷たく見下ろす
★
〈Ⅰ〉
姿を取り得ない青春の彫像をうち立てようと
幾度か浜辺をめぐる女の耳に
海が鳴る話
身をくねらせて
目のない小さな白くすきとおった魚は
つつつ と 胸ビレを触れ合わせて恋をする
光のない海の底で
かすかに震うものだから
その ほんの小さな恋の震えが次第に遠く拡がり
ほら やはり
海全体が鳴り始める
〈Ⅱ〉
かつて戦いの終わった日 南の国で
急激な熱病にかかった日本の男を
看病した混血女がいた
男が日本に帰ったあと
海に沈んだ話
こんなのよりも もっともっと青い海だ
と 老人は語る
古い軍艦の残骸は怨みと悲しみの骨格をみせて
声もなくさびついているのに
ほら やはり
ぎしぎしと きしみ始める
それは何万年も降りつづけるマリンスノーが
白いさんご礁を形造り
海底深くねむるのに
目のない魚のかすかな震えで
ほら やはり
はらはらと散っていくから
〈Ⅲ〉
昨日は凪いでいたのに今日は荒れてる
紫色のすねを むき出した少年が
掌を空に向けて
立ち上る炎をみる話
蒼黒い波のしぶきに
少年の中に流れる激しい血汐が
高々と天に舞い上がって行くのだ
炎のなかに確固として張りついている目が
どん欲に光ろうとする
その美しさに
ほら やはり
海が鳴るのだ
★
小さな湾だ
家の影もみあたらない海辺で
波のいざないに心揺れながら
女と 老人と 少年は思い思いに呟き合っていた。
コメント
これは凄い、迫力のある力作だと思いました。いろいろと深く考えて深く感じたい。
@たけだたもつ
様へ
お読みくださって、どうもありがとうございます!
とても力をこめて書いた作品に誉め言葉をいただきまして、心から嬉しく思います。(o^^o)
それぞれのストーリーがイメージ豊かに浮かび上がって、
とても引き込まれました。陰影があって何度も読みたくなりますね。
素敵な作品をありがとうございます!
@草野まこと
様へ
ご感想のお言葉をくださいまして、どうもありがとうございます!
ほんの一ときでも、わたくしの作品でささやかな楽しみを草野様に
お届けする事が出来ましたのなら、たいへん、嬉しく思います。♪( ´▽`))
この作品は、手元にありました二作「海辺」と「海が鳴る時」という
原稿の推敲を進めておりました時に、ふと…一つに編集してみよう!と
思い立ち、時間をかけてじっくり仕上げてみました。
投稿させていただくことが出来て、本当に有り難く思っています。m(_ _)m
リリーさんの今までの作品の中でこの詩作品が一番好きです。
詩の強度の純度が高く研ぎ澄まされていると感じ思います。
この詩のさまざまな詩の言葉がすてきなんですが、海辺という題とその内容がこころにしんしんとさあさあとしみわたるように心地好く感じられます。
あ、追伸。リリーさんのポエコラ拝読しました。すてきなコラムです。
詩を、書こうとすることは…身体に宿る魂の営みであり、私の日常そのものと言えます。
というコラムでのお言葉にすてきだと思い共感します。
@こしごえ
様へ
こしごえ様に、そこまでおっしゃっていただいて返す言葉が無いぐらい嬉しいです!
この作品を、書いた甲斐がありました!本当にどうもありがとうございます。(*´∀`*)
ポエコラのコラムも、お読みくださって感謝致します。素直な気持ちを書きました。
この気持ちを忘れずに、これからも書いていきたいと思います。
今後もどうかよろしくお願い致します。m(_ _)m