魔術師
黒いカーテンの奥に隠れている
真珠の玉が底に沈んだ古代のグラスが置かれている
黒い革表紙の書物は開かれているが
彼の姿は見えない
昨日よりも今日よりも明日に近い
きっと未来の雨の日が気になるのだ
古いコインが秘密めいた液体の中に入れられ
やはり古代の遺跡から届けられた
なまめかしい指輪が黒大理石の上にある
にぶく光るやや反ったナイフはさっきまで
灰色のトカゲの内臓をきざんでいた
書物のなかほどにあらわれる挿絵は
フラスコの中に浸されて見つめる瞳
彼の黒いマントは見えない
部屋のすきまから射し入る光の帯がきっかりと
死んだ女王の泪を集めた小瓶の底に至り
赤黒い蜘蛛の脚が一本づつ
なめし革の上にならべられ
息を殺して数えられさっきまで
黒いハーブの種は小さな袋の中から
取り出され、一粒づつ、すり鉢の中へと落とされ
ゆっくりとつぶされていく
たまらなくくゆっているこのにおいは
たぶん脳髄の一番奥へと届く
忘れ去られていたことを思い出し
悲しみをしびれる脳裡に映じようとする
森の奥深く入ってゆくそのかそけき道をさがし出し
その忘れがたい沼の奥には
黒いカーテンが降りている
魔術師よ、そこから出て来て
わたしにその魔法をかけておくれ
愛するひとはいまどこにいるのだ
深い暗いフードの奥から
彼の青白い瞳がのぞく
誰に会いたいと言うのか?
この苦くくすんだとろとろの液体の中に
おまえの命を流し込んで
この深い闇の鍋の底で何百年も煮詰めていれば
おまえは愛するひととひとつになる
ああそれならばこの命をいますぐさしだしましょう
あの高く汚れた小さな明り取りの窓、誰の?
なんだか暗いものがぶらさがっている
そのうすいビロードの羽
わたしたちの運命
逃れることはできない
その運命
魔術師よ!
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