老人と海とロマンシネ
息子に釣りを教えて欲しいとせがまれた
おれは釣りなどやったことがない
息子にそう伝えると不思議そうな目でおれを見た
釣りをしたことがないお父さんだっているのさ
へぇ、そうなんだ、まあ、パパはお父さんじゃないしね
変な慰め方を息子はした
次の週末、友だちとその父親たちといっしょに釣りに行った息子は
息を弾ませて帰ってきた、パパ、ぼく、たくさん釣ったよ!
担いだクーラーボックスを下ろしてふたを開けるとヒトデが一匹入っていた
あ、ほかの魚、ヒトデに食べられちゃった
ヒトデは胴体の底にある口からジェット噴流を射出するとクーラーボックスから飛び出して部屋の中を飛び回り、
おれはたまらず窓を開けた
あーあ、飛んで行っちゃった
おれは夕日の沈む水平線をつかのま思い浮かべてから水浸しになった部屋を見回した
だから、釣りは嫌いだと思った
片付けよう、ママに叱られるぞ
はーい、釣り、また行っていい?
いいよ、タオル持ってきて
小さな事実を積み重ねて、大きな嘘を信じさせる
科学、プロパガンダ、陰謀論
そうしてまた週末になり、息子は帰ってこなかった
友だちとその父親たちは息子と釣りに行ったことはないと言った
あんた、誰だよ?
おれは息子がいなければパパではない
そんな男の子は知らない、全員が首を横に振る
おれはもはやパパではないようだった、ただのパパの愛情だった
指向性を失った愛情は内側に潰れて、極限まで圧縮された時間の閃光となった
おれは父親たちに殴りかかるとよってたかって押さえつけられ警察に突き出された
警察ではおれの戸籍はないと言われた
あんた、抹消されてる、死人だよ
おれには息子がいたはずだと言うと、いたよ、ずいぶん昔だ、近くの都会でサラリーマンをやってるよ、息子にも息子がいる、あんたは死んでるがな
次におれが生まれてきたら釣りをしよう
死人用の拘置所はないから、帰るなり、成仏するなり、好きにしていいよ
今度は息子に釣りを教えてやれるように
パパにだって釣りぐらいできるさ
また、パパになる
コメント
心地よい不思議さの中に、中段の二行がとても効いてますね。月面歩行や911みたいな大きな嘘ほどバレにくい。
「指向性を失った愛情は内側に潰れて、極限まで圧縮された時間の閃光となった」というのがつまり死の自覚と永遠なのかも知れないと感じました。
@あぶくも
>心地よい不思議さの中
いただきました。うれしいですね、これはうれしい言葉だ。あぶくもさん、こんにちは。ゼッケンです。
>月面歩行や911みたいな大きな嘘ほどバレにくい。
そうそう。聖書とか進化論とか、民主主義とか天動説とか、「○○は嘘だった」の○○の中に入れるリストは長くなるばかりで、常識を疑えももちろんそのリストには入っていて、嘘の嘘にもウソとホントがあり、懐疑する自分の存在だけがホントというデカルトが踏み出した一歩目から進めない自分です。信じるという行為には蛮勇とさえ呼べるような勇気が必要で、信じられるという価値がとてつもなく重い時代に「ひよってるやついる? いねーよな!」のマイキーくんの言葉が響くよね。響くからこそ、おっかねーよね。
「指向性を失った愛情は内側に潰れて、極限まで圧縮された時間の閃光となった」良いですね。行き場所を失ったやるせない悲しみが暴走する様がこれほど痛々しく表現された言葉を知りません。また「死人用の拘置所はないから、帰るなり、成仏するなり、好きにしていいよ」という言葉によって、悲劇は喜劇であることが見事に表現されていると思いました。
@たかぼ
>悲しみが暴走する様がこれほど痛々しく表現された言葉を知りません。
そうですね、これは我ながらよく出たと思うゼッケンです。たかぼさん、まいどさま。もっと言って。
>悲劇は喜劇であることが見事に表現
これは、実際問題、書き手であるわたし側の問題で、悲劇を悲劇ですと創作することができない。アウシュビッツ、広島・長崎、沖縄と巨大すぎる悲劇が眼前にちらつくし、身近にはいじめや児童虐待のニュースが日々耳に入ってくるし、「わたし」の物語を悲劇として創作していいのかという、そういうのは当事者しか語れないんじゃない? 創作は現代において許されるのか? って。でも、抽出とモデル化を経た創作の快楽は捨てがたし、です。