一本道

時々
迷う時もある
しかし
迷い考えるから
気付くこともある

人生の道を
歩いている
さまざまに歩くが
ふりかえれば
一本道
時々
立ち止まり
世界や
自分を
見る
そしてまた
先の方へ
歩く
歩くということは
命と共に行くということ

魂という命は
この肉体を借りているので、
どの道死んだ時は
この体を自然へ返す
死んだ後の魂がどうなるのかは分かりません

迷った時も 命に従う。
現実は、
命だけでは生きられないと言うけど、
これも運命 天の自由と思い
行雲流水で生きられるとすてき。
命は絶対ではないけれど、
命と歩いたあとには自らの道が出来る

投稿者

コメント

  1. 「行雲流水」
    嗚呼ほんとに良い言葉だ。
    そこそこ長い目に人生の旅路も歩んできた気もするし、まだまだな気もする。長い目の山行から帰ったばかりの自分にこの詩は沁みてきます。

  2. @あぶくも
    あぶくもさん コメントありがとうございます。
    行雲流水、という言葉は時々思い出してはその理想に出来るだけ近づけるようにしている言葉です。事に応じ物に従う、というのは何とか少しは出来ているとは「思う」のですが、一点の執着なく、という点が難しい。
    あぶくもさんの山歩きを先日拝読しました。すばらしいですね。私には真似できないです。
    あぶくもさんのこころにこの詩が沁みて嬉しい。すてきに読んでくれて、ありがとうさま。(^-^)

  3. 残りの時間を細い一本道を行雲流水の気持ちで歩いていく。
    しかも詩人として生きていく。私もそうありたいものです。
    とても素敵な生き方です。

  4. @足立らどみ
    らどみさん コメントありがとうございます。
    そう、私に残り時間がどれ位あるのかは分かりません。極論すれば、もしかしたら、今日死ぬかもしれない。その残りの時間をどう生きるか、ですね。とはいえ、私は恵まれている。ありがたい人生です。まあ、細かいことを言えば、愚痴が絶えませんけど、それらは冷静になってみれば細かいことだ。ふふ。ありがたいことにはかわりない。
    行雲流水、という生き方は、あくまでも私の場合は理想なんですが、時々、この言葉を思い出しては、自分を元気付けています。まあ、この言葉に一つ助けられているところがあります。
    らどみさんが、とても素敵な生き方と思ってくれて、ありがたく貴重に思います。
    らどみさん、ありがとうさま。(^-^)

  5. @こしごえ
    良い四字熟語と出逢ってたのですね。安心です良かったですよ。
    振り返ると私の四字熟語は一期一会なんだろうなと思いますね。

  6. @足立らどみ
    らどみさん コメントありがとうございます。
    行雲流水で生きられるとすてき、というようにその通りに生きられれば すてきだとは思います。まあ、できるだけ、、行雲流水で行きたい なぁと。うん。
    らどみさんが、安心してくれて、良かったと思ってくれて、私も良かったです。^^
    ああ、一期一会もすてきな生き方ですね。らどみさんの丁寧な生き方を一期一会という言葉があらわしていると思います。

  7. @こしごえ
    行雲流水… 僧形をしていなくとも、そういう生き方はできますね。
    私にはできませんけれど。こしごえさんの詩を読むと、その言葉が
    似合います。素敵な作品ですね。

  8. @レタス
    レタスさん コメントありがとうございます。
    うむ。そうですねぇ。
    行雲流水、という言葉が好きです。そして、この言葉を理想として、出来るだけ、物事にとらわれずに、物事に応じて行ければ すてき。まあ、理想はあくまでも理想ですが。
    でも、忘れっぽい私は、その物事が解決したら、もう次へ行っているような気がします。まあ、悪いことも いいことまでも忘れますが、大きなこと などは、ふとしたキッカケでコロンと思い出す。でも、「今の」私に思い残すことは無いですね。後悔も「あんまり」しないかな。まあ、後悔はしても、その時に、後悔すれば いいだけの話。そして、私は一生勉強です。ふふ。^^

    んー。しかし、大道すたれて仁義あり、という言葉のように、その物事が出来ていない自分だから、わざわざその言葉を思ったり言わないとならないのは確かですね。まあ、できるだけ理想に近づきたいのですね。

    レタスさんが、この詩に添えた行雲流水という言葉とこの作品を大切に思ってくれて、ありがたく貴重に思います。
    レタスさん、ありがとうさま♪☆^^

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