誕生
目の前に一頭の母牛が
産み落としたばかりの我が子へ
かすかに 低い鳴き声を
洩らしている
これは忘れられない親子の記憶
この日、初産ではないから酪農ファームのマスターも
奥さんと町へ下りて日中留守だった
けれども
予定より早く産気付いてしまった彼女を見つけた私は
牛舎を走った
中国人の研修生と二人しか居ない今、
言葉通じない青年へ
伝えようとするジェスチャー
うなり声をあげる母牛
もう出てしまっている前肢
もしかして
赤子が大きいのではないか
(手をかけて、ゆっくり引っ張ってみませんか?)
青年は素振りで云う
言われるまま一時間程
気張る母の呼吸に合わせて引っ張ってみる
ズルリッ!足胞から
敷き藁の上
赤くヌメッた羊膜に全身覆われる赤ちゃん牛が現れ出た
ピクリともしない 塊に
冷たく走る衝撃は棍棒で肩を殴られた様
すると
静かになった母牛が首を捻じ曲げて来て
厚みある大きな舌を出し
仔牛の頭の膜を丁寧に舌先で剥がしていくのだ
息をのむ
長いまつ毛の 黒い瞳が開いた一瞬
中国人の青年の視線を感じて我に返り
笑い合える その時
言葉など忘れてしまっていた
コメント
緊迫した瞬間が伝わります。
感情の揺れをとても丁寧になぞっていて
最後はこちらも出産に立ち会えたような高揚感を感じました。
@たかぼ
様へ
お読みくださいまして、どうもありがとうございます!
ご感想のコメントたいへん嬉しく思います。m(_ _)m
ずっと、いつか書きたいなぁ…と思っていた実体験でした。
@nonya
様へ
お読みいただきまして、とても嬉しいです!どうもありがとうございます。(^ ^)
この原稿は、推敲しませんでした。推敲すると、作品の持つ熱っぽい生々しさが、
削がれてしまうような気がしたからです。
ファームでは何頭もの自然分娩に立ちあいましたが、この体験は特別でした。
残念な事にオスだったのです。雄は、仔牛のまま肉牛の牧場へ引き取られます。
追い立てられてトラックへ乗って行った姿が、今も忘れられません。
フランクで、失礼しますね。
だめ、泣いてしまう
これはあかんやつや。
失礼しました。
読めてよかったです。
@wc.
様へ
読んでいただけて嬉しいです!コメントを、どうもありがとうございます!(*´∇`*)
まだ若かった日の記憶ですが、鮮明によみがえります。
私に、もし出産経験があったら…。もっと違った原稿になったのかもしれません。
そんな事もチラッと思いました。