私は、損氏

今日は、礼拝堂に行ってきた。
キリストの教えは、祈りと歌と音楽の中にあることを実感。
牧師の紹介する星野富弘さんのエピソードも久しぶりに涙。

私は昔から恥ずかしがり屋である。
これを言ったら、得をすると言う言葉を躊躇いなく言える人はいない。
しかし、これを言ったら自分が損をすると言う言葉が出てきて、それを引っ込めた時に、私の中にある自意識がそれを恥ずかしがってしまうのである。

狡さを受け入れることに、卑しさを感じ、それを躊躇いなく引き受けることが難しい。

そう言う難しさが私にはある。

正に、損氏。
一種の逆張りのような世界で、集団から、妙な浮き方をしているのです。

女の愛は金で買えるものではない。
女の愛を買うには、お得が一番である。
つまり笑わせる。その才能が私にはあった。

私は、損氏。是非笑っていただきたい。

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