塔から吠える

暗闇の中、らせん階段を降りていく
そういう夢を見た、という話のつもりで聞いてくれ

目を覚ましたら高い塔のてっぺんの小部屋だった
自分のいる場所がなぜ高いと分かるのか?
分厚いコンクリートをくり抜いたような窓があって、ガラスもなにも嵌められてなかったから、つまり、それは壁に開けられた穴に近いものだったが、そこからとても遠い町の灯りが見えた、それから、

いまは夜なんだと思った

窓から月は見えないが、満月なんだろう
月光を反射して、白く光る雲の筋と揺れる海面が見える
陸地は黒く沈んでいた
町の灯へまで湾曲して延びる黒い海岸線が他人とおれを隔てている
窓から壁の外へ頭を出す勇気はなかったが、ぎりぎりまで顔を窓の縁まで近づけると、岩を洗う波の音がずいぶん下の方から聞こえてきた、それでこの場所がずいぶん高い場所にあって、もう、捨てられた灯台だと分かる
視線を部屋の内側へ転じると、奥の壁には下へ向かう階段の手すりがあった
窓から離れて、おそるおそる部屋を横切り、奥へ向かうとやはり床には階段の降り口が開いている
朝になるまで待てない、
と、おれは思った
おれはパジャマ姿だったから、家で寝ている間にこの場所へ運ばれてきたのだろう
だが、妻と小学生の子供たちだけでおれをここに運び上げることなどできない
第三者が存在する。妻や子供たちも別の場所に拉致されている可能性がある
おれはいますぐに階段を降り始める必要がある
床に空いた四角い闇に足先を降ろす
窓から入って壁に当たって跳ね返る青い月明かりをコンクリートの床が遮って、おれは一段一段を足先で探りながら、塔内部の闇に身を浸していく
円周を描く壁に沿い、階段はらせんとなって闇の底へ消えている
降りていくにつれ、闇は濃くなり、足先が次の段に触れるまでの時間も果てしなく感じられる
見えない場所へ降りるのは怖い
だが、これは夢だ
確信があった
次の段に降ろした足に体重を移した直後、階段の踏み板が抜けた
おれの身体はすべての支えを失い、落下を開始する
なるほど、これが罠だったのだろう
謎の組織が仕組んだ罠にかかって、おれは墜落死することになっている
おれは不条理な死を経験するだろう、とはいえ、生きている間にはおれには誰のどのような死も理解できない
しかし、さっき、窓からは町の灯りが見えた
これが夢の証拠だ
いまは戦時下で灯火管制がなされている
レーダー誘導されるミサイルに灯火管制が何の役に立つのかは知らないが、
省エネの意味合いもあるのだろう
戦時の空気ということもある
慣れてしまえば、さほど、不便は感じていなかった
だから、この灯台は夢だ
したがって、この落下も夢だ
灯台の分厚いコンクリートの基部に当たって首の骨をへし折られるところでおれは目が覚めるのだ

ぼふん!

敷かれていた救命マットにおれの身体は深く沈んだ
ふっ、と軽い吐息を漏らしてからおれは、横にごろごろと転がって、マットの端から塔最下層の広々とした床に足をつけて立ち上がる
おれは泣いていた、だが、このときにはもう、おれの口の端には不敵な笑みが浮かんでいただろう

ないものがある。

この世界はおれの思い通りになるらしい。おれの夢だから
秘密の陰謀組織にさらわれた家族をおれは取り戻すことにした
もう目は覚まさないことにおれは決めた
眠っているときに見えるものが夢だというのなら、
起きているときのおれに見えるのはあり得たはずなのに逸れていった未来ばかりだった
今度こそおれはおれの家族の命を守る
眠るから次に目を覚ますとすれば

情報端末からはサイレンが鳴り響いている

おれは2度と眠らないと誓うよ、みんなに。自分しかいない夢の中で

投稿者

北海道

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