じゅんちゃん
大学の時にバイトしてたレンタルCDショップは汚い雑居ビルの一階にあって
店長の従弟でヤクザの舎弟をやってるっていうタモツくんがしょっちゅう遊びに来て
たまにタモツくんは「広島までロケットランチャー運んで来たで」とか言ってて
月に一度ぐらいは吉野家の牛丼を食べきれないぐらい差し入れに持ってきて
延滞料金の支払いをゴネる客がいると店長はタモツくんを電話で呼んだりして
品揃えも客層も接客もすべてがどうしようもない店だったけど割と流行ってて
その雑居ビルの三階のゲームセンターにたまにタモツくんと一緒に行って
エレベーターの中は煙草の吸殻だらけでいつも小便の臭いが漂ってて
ゲームセンターの店名は「シアトル」だけど看板の綴りは間違ってて
「Siattle」っていうネオンの文字が光ったり消えたりしてて
狭い店の中の窓という窓には乱暴にベニヤ板が打ち付けてあって
真昼間でも自分のスニーカーの色がわからないぐらい薄暗くて
安っぽい電子音と煙草の煙とトイレの芳香剤の香りに満ちていて
のっぺらぼうみたいな連中が俯いてゲームに夢中になっていて
カウンターにいるバイトの女の子はいつもジャンプを読んでいて
その女の子の名札にはかわいい丸っこい文字で「桃」って書いてあって
それなのに店長らしき太ったチンピラには「じゅんちゃん」て呼ばれてて
けっこう美人なのにいつも不貞腐れてて愛想のカケラもなくて
ある日ゼビウスをやってたらじゅんちゃんに「煙草ちょうだい」って言われて
セブンスターを一本抜き取るとじゅんちゃんは少しだけ微笑んで
じゅんちゃんの声を聞いたのはその一回だけしかなくて
タモツくんはいつもゲームをしないでカウンターのじゅんちゃんと喋ってて
声は聞こえないけどジャンプに目を落としたままじゅんちゃんがたまに笑って
そんなある日タモツくんがまた牛丼をいっぱい持って店にやって来て
「たぶんしばらく顔出されへんわ」って言ったきりふっつり姿を見せなくなって
同じタイミングでじゅんちゃんもシアトルのカウンターから姿を消して
そうこうするうちに就職活動が始まってバイトも休みがちになって
大学を卒業してあっという間に三十五年ぐらいの時間が流れて
タモツくんはともかくじゅんちゃんは幸せになっていてほしいなって
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