Slow Boat

この街には
音のない叫びが無数に隠れ
僕の頼りない手に、負えない 

渋谷・道玄坂の夜
場末の路地に
家のない男がふらり…ふらり
独りの娼婦の足音が、通り過ぎ 
酔いどれた僕の足音が、通り過ぎ
男の潤んだ赤いまなざしから
一瞬、僕は目を逸らす

人の傷みも背負えずに
自分の傷口が少々沁みる夜には、せめて
絆創膏(ばんそうこう)をぺたりと、心に貼って
生ぬるい夜風のあやしく撫でる  
道玄坂の人波を下りてゆく 

思い出すのは十数年前、この坂を歩く 
酔いどれの目線の先に見えていた  
あの輝ける不可思議少年という
詩人の後ろ姿 
彼はもう世にいない

この街には
無数の叫びが隠れ
頼りない僕の手には、負えない 

だけどたまには思い出したように
この街角で仲間と落ち合い 
カウンターに肩を並べるくらいはできる  

昔の詩人は言った
「心に少し、余分な場所を」

今日、僕とあなたがこの世界で出逢った
素朴な奇跡を祝い
互いのグラスを重ねれば 
頬の赤らむ夜更けの夢の中で

旅人の乗る舟が
ゆっくり 明日へ 漕ぎ出してゆく 

 

投稿者

東京都

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