ワイヤーカッター

少子化だと考えると儲けが少なくなるからね
そうじゃなくて高齢者が増えているわけだ
なんにしろ増えているものからしか余剰は生じない

最年少支店長の話は要するに金持ちの年寄りの悩みは相続に尽きる、だから、
その生前贈与のコンサルティング、オーナー経営者の法人相続税対策、相続範囲の確定、相続人たちの調整などなど、いくらでも、
いくらでもお年寄りの話を聞くべきだよ、

宝の山なんだから

先月、転勤してきた支店長は、おれよりひと回り以上年下だった、30代半ば、全国での最年少支店長だ、まだ若々しい目元に人懐こい皺を寄せておれの肩に手を乗せる
前の支店長はおれに怒声を浴びせ続け、本社からコンプラ重視の指示が出ると嫌味に切り替えた
怒声にも嫌味にもおれは愚痴すらこぼさなかった。とっくに麻痺しきっていたからだ
しかし、唐突な人事で支店長は交代になった
そのとき聞いた噂では、最年少支店長は地方私立Fラン卒ながら最終面接まで進み、そこで気に入った専務が他の役員の反対を押し切って採用したという伝説の持ち主であり、各地の支店をトップの成績で渡り歩き、本社勤務になってからは最年少で支店長に抜擢されるように工作していたと言われている。中途半端な学歴で最後のバブル採用のおれとは違って真に有能な人間なんだろうな、と、おれは思った

幸運にもダイヤの鉱脈を掘り当てた翌日の採掘に向かう鉱山労働者のようにいまだ半信半疑で疲れた身体を引きずりながらも、しかし、期待する気持ちが芽生えていることも本当だとおれは自覚していた
本物の金持ちとのつながりはコンサル企業の飯のタネで厳重に秘匿されている
最年少支店長の持つコネは闇バイトの手配師が手にする名簿に載ってるような安物ではない、勝手にそう思い込んでいたが、おれが最年少支店長に指示されて向かった家には先客がいた
インターホンを鳴らすと玄関の扉が大きく外側に向かって開き、おれは一歩下がる
半身の姿勢で扉を開いた男が覆面姿であることにおれが気づく前に、奥の廊下に部屋から上半身を半ば引きずり出された老人の這いつくばった姿が目に入った
おまえが逃げたらこの爺さんを殺す。入れ
最年少支店長も当てにはならない。すぐに麻痺の感覚が戻ってきた
おれはなぜか一礼しながら玄関から中に入る。傾聴。目出し帽の覆面男たちは三人いたが、口元が見えないので誰がしゃべっているのか、はっきりしない

金庫の番号を言わないこの爺さんには小学生の孫がいて、その両親は共働きだから平日はこの爺さんが孫の面倒を見ている、小学校低学年はもうすぐ下校の時間だ、帰ってきたら拷問しようと思う、それを見た爺さんは金庫の番号を言うだろうか? 言わないのであれば、おれだって小さな子供を拷問したくない、だから、おまえで試す

男の一人が右手にぶら下げていた重そうなワイヤーカッターを胸の高さで両手に構えなおす。長い柄を両手で開くと先端の鋼鉄の鋏が口を開く。柄の長さに比べて極端に短い刃渡りがそこに集中する剪断力の強烈さを誇示している
他の二人がおれを背後から羽交い絞めにし、おれの右手首を握って前に突き出させる
おい、爺さん、金庫の番号を言う気になったら早めに教えてくれ、こいつの指は10本しかないから、足を入れたら20本か

おまえからもお願いしてみた方がいいんじゃないか?

鉄の鋏の分厚い刃がおれの右手の親指の根元を軽く挟む
おれは目を閉じて奥歯を噛み締め、一瞬後の痛みに備える
予防注射じゃないのだ。そんなことで指を切り落とされる痛みに耐えられるわけはないのに、麻痺して痛みを感じないことを打たれ強さと勘違いしているおれは痛みに関して素人なのだ

そんなの孫の誕生日に決まってるでしょ

最年少支店長が部屋の入り口に立って8桁の数字を口にする。男たちは玄関の鍵を掛け忘れていたらしい
引き上げだ、こいつの言っていることは数分程度のただの時間稼ぎだ、すぐに警察が到着する
ワイヤーカッターを引っ込めながら男が言った。おれの正面に立っていたのでこの男がしゃべっているのははっきり分かった。おそらく、この覆面が現場のリーダー役だ
最年少支店長は、分かってるじゃん、と言った
他の二人もおれの身体から離れる。おれは床にしゃがみこむ。リーダー覆面が部屋から出るとき、出口の脇によけた最年少支店長に向かって、おまえ、サカエ南中のヨシムラだろ、ホントむかつくよな、と言った声には苦々しさだけでなく、誇らしさが滲んでいた
最年少支店長は天を仰いでみせた、親の介護で地元勤務を希望したら、さっそくこれだね、だから地元は厄介なんだよ
たぶん、最年少支店長にはリーダー覆面が誰だか分かっているのだろう、それから、最年少支店長は失禁して腰を抜かしていたおれを立たせてくれた
おれの口からは感謝の言葉は出なかった
おれは見ず知らずの老人の命を救うために拷問されて死にたかった
代わりにおれは、おれが英雄になるのを阻止した最年少支店長を憎んだ
富裕層、会社、地元、家族、それらとの関係性を煩わしいものとみなしたおれは傲慢であり、おれはひとりだからバカなのだろうと思った。関係から余剰を取り出さないおれには利己的な自己犠牲しか終わり方は残されていなかった、とも思う。憎しみは麻痺しないのだと悟る

それでもいいと思う

最年少支店長もそう言うと思う

投稿者

北海道

コメント

  1. 毎回凄いですね。圧倒されます。

  2. ゼッケンさんの作品はいつも、暴力とかそういう不穏なものを口の中でキャンディを転がしてるような感じがありますね。っていうか、これのタイトルを『ワイヤーカッター』にする、そのセンスよ。
    昔、現代詩フォーラムで『まな板本番ショー』を読んだ時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。

  3. @たかぼ
    >毎回凄いですね。

    そりゃ、ぽえ会に投稿するんですもの。自分なりに頑張った作品を出してます、ゼッケンです。たかぼさん、こんにちは。毎回、がっかりされるかも、って緊張しながら投稿ボタンを押してます。

  4. @大覚アキラ
    >ゼッケンさんの作品はいつも、暴力とかそういう不穏なものを口の中でキャンディを転がしてるような感じがありますね。

    偏ってます、ゼッケンです。大覚さん、こんにちは。もっとこう、しっとりほっこりしたものも書けると読者層を広げられるのではないかとマーケティング部門(脳内)も言うんですけど、なんにも思いつきません。私自身が恐れているものにばかり自分の注意が引き付けられちゃっているんでしょうか。ゼッケンの臆病者め。

    >昔、現代詩フォーラムで『まな板本番ショー』を読んだ時

    ぐはぁ、感涙して悶絶。現フォ行って確認したら2006年投稿。18年近く前。ほんとに? もうそんな昔? 大覚さん、私たちって懲りないねぇ。

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