水圧

おれの視覚が
xとyとzの3つの直交する軸で空間を認知するのは
平らな地面に立ち、
垂直方向に働く重力に逆らって
姿勢を維持できればそれで十分だからだ
空間はもっと多次元に展開できるというのに
ひろがりは隠されたまま、
おれの視覚はものごころついてからずっと三次元のままだ
進化は役に立つものしか遺さない
おれはじつに実用的なつくりになっている

理屈もなきゃ情もねえわけだよ、おれには

中国の大学でスパイを働いたことが発覚する前におれは日本に帰国した
日本と中国の間に犯罪者の身柄引き渡しの条約はない
スパイと言っても、情報を盗んだのではない
偽のデータを教授の論文に混ぜたのだ
追試による再現性が確認されず、捏造データだとして批判され、教授は消息不明となった
教授は有能で親切だった
おれは教授の自宅に招かれて教授のお母さんと奥さんとまだ小さい子供たちといっしょに食事をした
お母さんと奥さんがおれのためにわざわざ作ってくれた冬瓜のスープの味を覚えている
教授とそう年齢も違わないおれは日本の大学では助教だったが、学会で知己を得た教授の研究室に雇われた
教授はおれに副教授ではなく講師のポストしか用意できずににすまないと謝った
教授とおれの研究は細胞の不老化に関するもので脳の機能を死ぬまで保てるようになる可能性があった
アメリカの大統領は認知症の疑いがあってもそれを報道した人間が罰されることは表立ってはないが、
日本では天皇の認知症について”発表”はあっても”報道”はないだろう
中国では主席の認知症について発表も報道もないはずだ
なぜなら、中国ではすでに認知症は克服されているはずだからだ
教授を失脚させたところで研究は止まらなかった
おれは関東の田舎で学習塾を開いて生計を立てている
どこからも引き合いがなかったのは黙っておけということだろう
教授との友情を裏切り、恩を仇で返した罪の意識だけがおれの得た報酬だ
実用的なつくりのおれは罪を背負う必要があった
おれはおれの生までも実用的にはしたくなかった

罪の次元が展いた

もはや実用ではなくなったおれは進化の圧力から逃れて仄暗い自由のひろがりに潜っていく

投稿者

北海道

コメント

  1. この世界が11次元でできている(空間10次元+時間)としても私たちは空間3次元しか認識できないというのはとても興味深い話であって、それをヒントにしたSF作品も人気になっているわけですが、こういった話を詩的な作品に昇華するというのは難しいことです。それをやってのけるゼッケンさんにはいつも感服させられます。

  2. @たかぼ
    分かられてる感。たかぼさん、いつもありがとうございます。ゼッケンです。これはあれだね、出す予定はないけど、私が詩集出すときにはたかぼさんに解説お願いしないとね。たかぼさんのコメントがついてようやく作品も地に足が着く。作者にとっても腑に落ちる紹介のしかたがされてて、あ、私が書いたものってそういうカテゴリーだったりコンセプトだったんだって思う。ゼッケン作品の読み方の入り口を教えてもらえる。感謝。

  3. @ゼッケン
    私が新詩人会に参加して良かったことの一つはゼッケンさんの作品に出会えたことです。マジです。以前にも申し上げましたが作品集を出されると良いなと思います。でも詩集は売れませんから、どういう形態で出すかですね。どこかで賞を取るとか、TVに出たりあるいは禁断の方法で有名になるかしてから本を出せば売れるでしょうが。その際には私よりも別の誰か、例えばビートたけしとかに解説を書いてもらうことをお勧めします。私は富豪なので儲けるつもりはなく上梓したので気楽でした。作者のために書かれた詩、それも悪くはないですが、そういう作品では私は良い読者になれないでしょう。ゼッケンさんは意図してかどうかは分かりませんが、明確に読者に向けて書かれている。とても親切なんです。エンターテイメントなんです。良い作品を生み出し続けるのは大変でしょうが、これからもよろしくお願いします。

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