道具と手段

「さて、今日の議題は!」
甲高い声で笑いながら(彼の所作はいわゆる旧い時代でいう所の気違いそのものであった)、
権力の証である白い絹の衣を着た、ぬばたまの目の少年は宙返りでもしそうな上機嫌だった。

「男がえっちしない子を愛せるかどうか!」

ぶーーーーーーッと盛大に彼が茶を噴出した。周囲の注目が一点に集まる。
彼は酷く醒めた目を少年に向けてから、口許を袖で拭って、自分の粗相の片付けをしだした。何も言わずに。

「あなたが手書きのラブレターを認めていることはお見通しだよ」
小さくてつんと反り返った鼻を鳴らしながら、少年はいかにも面白い玩具を見付けた、と言わんばかりだった。
今時手書きの?ラブレター?不安げに事の成り行きを見守っていた同僚がざわついている。

「ログも残すつもりがないね。書いてはいるが、俺達に読ます気もない。だから少し調べたんだ、あなたが何をやろうとしているのか」
こつ、こつ、と長靴の底を打ち鳴らしながら歩くのは、少年のいつもの癖だ。自分は偉い、そう自分に言い聞かせていることを、
本当は同僚の誰もが解っていて黙っている。そして少年は本当に偉いのだった。自分がそうと認められない程に。

「天使のラッパだ。あなたの神様が慈しんでいる音色は、神様の天使が吹こうとしている楽器は、この世界を滅ぼす!」
両手を天井に向かって広げて、少年は高らかに宣言した。同僚たちが訳も分からずに目を瞬かせている。彼だけが一人、美しい姿勢で座っている。
うふふふ、と少年は笑った。満面の笑みだった。

「彼女、美しい人だね」

彼は相変わらず一言も返事をしようとしない。岩のように固い意志をその身に宿して、実際その体も微動だにしなかった。
少年は知っている。彼が何をしようとしているのか。その罪深さ、与えられるべき罰、彼の立場を考えれば告発することなど簡単だった。

「俺はね、教授」
ぷろふぇっさー、と少年は舌足らずないつもの口調で彼を呼んだ。その響きは古い友人に対する忠言であり、良き隣人への挨拶であり、
仲の良い恋人に囁く睦言だった。彼は知っている。いつも、誰にでも少年がそんな風に人に呼び掛け、説き伏せようとすることを。

「この罪を見逃していい立場にないんだ。残念ながら」
本当に悲しそうに眉が八の字を描く。ばさり、と白衣を翻して自分の元にやって来る少年を、彼は睨んだ。自分でもそうと気付かない程、強く。
射殺されそうな視線を一身に受けながら少年もまた、浮かべた笑顔を崩そうとはしなかった。

「あなたが世界を滅ぼすことになるのを、黙って見ている訳にはいかない。だから、全面的に協力を申し出る」

彼は自分が何を聞いたのか分からなかった。協力?

「ローブが何を作ったのか、あなたも知っているんですか。ドクター」
「ええ、ええ、知ってますとも。あれは良くない。俺達全員が100回人類を虐殺するよりもっと罪深い殺戮兵器だ。でも、ちょっと違うな」
「何がです?」
「産まれた、と言ってあげて欲しい。それが何より大事だ。俺達にとって、絶対に間違ってはいけない言葉だ」
ドクターはふむ、と自分の言葉に頷いて笑った。

「ローブの件は俺に任せろ。君は、あれを守ってやれ。つまり、俺達みたいな、頭でっかちの手から、永遠にな!」

投稿者

神奈川県

コメント

  1. 対象を語ることは、常に、対象を愛することであろう、もしそこで、語る人が、対象の「美」を、心底感じる者であれば、語ることはすなわち、最大の愛となる、「美しい人」、イメージの中で世界を滅ぼす時には、美しい人もまた死ぬのである、しかし、時間はまだ残っているのか、語ることをする時間は、ただ美しい人を守るだけではなくできることならこのイメージの中の美しいと感じる〈わたし〉を守りたいのである。

  2. @坂本達雄
    宗教から、科学から、社会から、家庭から自分の身を守ることがとても難しくなっている、と最近は思います。それらはみな天使のように美しい顔をして、死神の鎌を研いでいるのです。自分のしていることは、いつも神のように正しい、と信じながら。

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