その日、映画館で

リオがカーマインに出会ったのは、
確か、町田の駅前にあった小さくて薄暗い地下の映画館だった。
リオはまだ小さくて、大人から「兄弟だ」と教えられた、
自分より少し年を重ねた子供の後に付いて、
「ゴジラ対モスラ」を観に来たのだった。

リオは不思議だった。
その薄暗い映画館の劇場に続く階段の狭さは、地獄の牢みたいで、
「兄弟」は自分を放って人込みに紛れて、一言だってリオに声を掛けてくれなかった。

リオは小さかった。
ゴジラもモスラも、なんなのかよく分からないし、近くのマックでご飯が食べたかった。
映画館の列に並びながら、大人しく開演時間を待っていられるのが、不思議だった。
それに、なんだか蒸し暑くて仕方なかった。
かんしゃくを起こしたって良かった。

リオは黙ってぼんやりと周囲の暗やみを眺めていた。
その時、何か火のような明るいものがじぃっとこちらを見詰めているのに気が付いた。
背丈や年かさは同じだった。
よれよれのシャツに短パンの自分と違って、
カーマインは身なりが良くて、そしてそれらが示すモラルの水準を決定的に覆してしまう程度の奇抜さで、髪と目が紅かった。
周囲にいる誰よりも目立ちながら、カーマインは屈託なく笑っている。

なんで紅いのだろう。

リオは自分と同じぐらいの年かさの子供が、そんな出で立ちをしていたのを初めて見たので、
正直びっくりして声も出せなかった。まじまじとカーマインの顔を見てしまっていたことに、気が付かなかった。
「モスラ」
カーマインはリオに白い歯を見せて、嬉しそうに笑った。いたずらをする子供そのものだった。
「モスラ?」
リオがうろたえながら視線をカーマインの下半身の方へなんとか向けると、その手にはパンフレットがあった。
絵が描いてあって、時々字が書かれていて、写真とかいうものも載っている、本だ。
これ、とカーマインは黙って指先で、庭に飛んでいた変な虫みたいな怪物をつついていた。

「似てない?」

カーマインは、その大きな目みたいな模様の付いた、虫をじっと見詰めていた。
それから、また大きな声で楽しそうに笑った。
リオはその時、もう、映画のことなんてどうでもよくなっていた。
この薄暗い館内を彼と探検したい。
その衝動に理由はなかった。

彼は凄く面白い紅い髪と瞳をしていて、多分僕が好きで、モスラと自分を見比べたことを、話してくれる。

リオも、気が付かずにカーマインのように笑っていた。
トイレを覗いたり、自販機にあるジュースを選んだり、迷惑を顧みず何の意味もなく、外廊下で追いかけっこをして遊んだ。
用は足しておけ、上映中は静かに、席を立たないこと、感想をきちんと述べること、この後はまっすぐ家に帰ること。
リオは映画よりも、カーマインといる時間の方がずっと楽しかったことを、覚えている。

お約束のように、リオはカーマインに名前を聞くのを忘れてしまった。
カーマインは、ただ、上映時間の少し前になると、ばいばい、と手を振った。
待っているのだろう。誰か、家族が、多分外で。
狭い階段を、上映待ちの列をかきわけながら上がって雑踏へ消えていったカーマインの背中が、
リオの記憶の中には何故か強く残った。

『似てない?』

リオは、自分は真っ黒だから、ゴジラに似てるのかな、とその日の夜、布団に包まりながら考えていた。
浅い眠りの中で、ゴジラになったリオと、モスラになったカーマインが、公園で一緒にブランコを漕ぐ夢を見るまで。

投稿者

神奈川県

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