拝啓、愛しい我が子へ

「調子はどうだい、ローブ?」
「あまりよくありません」
「そうだろうね。何日も食べないそうじゃないか」
「それはいつものことです」

けけけ、と化け猫みたいにドクターは笑った。
カルテにも書いたし、文献も漁ったし、本人にも教えて貰っている。

「やっぱりカーマインの事が気になる?」
「カーマイン?」
「自分の子供の名前も忘れたのかい?」
「カーマイン」

ローブは英語の授業のように復唱した。
その表情は深く被ったフードのお陰で何も見えない。

「ドクター」
「はい、なんでしょう」
「私は何をつくったんですか」
「ああ、そのこと」

唾が飲み込めない。喉がからからで、舌がうまく動かない。
服用している薬のせいではない、とローブは嘆息した。

「教えなきゃいけないとは思ってたんだけど、忙しくて」
「お察しします」
「そうだね、知りたいよね」
「はい」

白い部屋だった。それは主の趣味の反映ではなく、
彼に与えられるべき報いとでもいった方が良い類の好待遇だった。

「神」
「はい?」
「神だよ」
「神」

信仰心ということですか、とローブは珍しく視線を1mmぐらい少年の目の方に向けた。

「あれは人を愛するものだ。人を支えるものだ。
城を築かせ、嵐を鎮め、収穫を約束し、心を齎すだろう」

少年はいつになく冷静だった。
そうしていると、趣味の悪い飾り時計の中身が美しい歯車で埋まっているのを覗くようだった。

「いつか世界を手に入れる。望むと望まざるとに関わらず」

「冬を生む。陽の光は若葉を焼く。海は川を遡り、星は堕ちる。全てあのカーマインの心のままに」

面白い冗談だろう、と言いたげに少年は肩を揺らしてくすくす笑った。
ローブは、分かったような分からなかったような、変な気分だった。

「泥の塊に命を吹き込んだのは、どうしてだい?」

突然向けられた水にぎょっとして、ローブは固まった。
ドクターが聞き返してくるなんて。
質問の答えがどうであるかより、そっちに驚いている。
ドクターは半眼になってデスクに頬杖を突きながら、もう一度繰り返した。

「この世に神を生んだのは、何故だい?」

「それは…」

ローブはもじもじし始めた。彼らが女に質問するのは、誉められたことではない。
恥を忍んでも答えが知りかったのであろうと想像すると、なんだか嬉しかったからだ。

りりりりりりりり、と部屋に呼び鈴の音が響き渡った。

投稿者

神奈川県

コメント

  1. 映像? そして画面? 哲学? そして自問する我々の内部、さればわれわれは自由の刑に処されている詩を愛する者、詩の形式を〈すりガラス〉とも〈透明ガラス〉とも呼ぼう、ましてGペンを持つ手で突き刺している、このケント紙に、わずかな決壊する精神の、こちらがわ、あちらがわ。薄墨の流れ出すままに・・・。

  2. @坂本達雄
    彼女が口を開くのは、ひとえにドクターの話芸(笑)のなせるところです。おしゃべりが上手い人って、詩人か詐欺師ぐらいでしかお目に掛かれない気がしますね。向こうと、こちらとを繋ぐのは、大きくも美しくもなくていい、ただの生きた人の手であれば、それでいい。

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