落花
通勤電車でふと絡みあう視線
作業着姿で伏し目がちに座っている
その人の 汚れた軍手をはめる手に
真紅の盃
みずみずしい酒の香のなせる業にして
白髪で皺きざまれる貌、優しげに見え
甦り来る若き日のおもかげを醸す
その人は瞼閉じずして
そこに紅盃を思わす大輪のバラとたゆたいながら
ぼんやり 居眠っているかの様
それは遠く北の街で
微温い 苦い風の中に心を見失った
何人もの美しい女のくちびるが
その顔を抜け出して
曇天へ舞い上り
今朝ひとつ
おちて来たのかもしれない
彼の掌で小さな幸せを
つかの間得ようときらめいている
唯 仲間の魂に呼びかけようとする叫びを残して
滅びゆくのだ
俯く彼の肩越しに
流れ去る初夏の空は青かった
コメント