アルマゲドンスモーキングビーチClub

あのときはバカだなんて言ってごめんね
いいんだよ、冗談のつもりで本当にバカなことを言ったのはパパの方だから
AIが生成した娘の映像が娘の声で語りかけてきて、おれはそれに応える
１０年前に地球を出発した本物の娘はすでに木星軌道の向こう側を飛んでいるはずだ
そこまで離れると電波の届く時間差があるために
自然な会話をするにはAIを挟むしかない
会話のデータは送信されてお互いのサーバに蓄積され、
娘側ではAIのおれがおれらしくしゃべってくれている
AIのおれがまた娘を怒らせていなければいいが、と思う

１０年前

宇宙船は禁煙だと聞いておれは
太陽系を脱出する船団への乗船を辞退した
バカじゃないの！　と娘は怒ったが、

まあ、そうだよな

とはいえ、すでに五十を過ぎたおれが２０年後も生きているかどうかは怪しいよ、
彗星が地球に衝突するのは２０年後なんだろ？
と言うと、確かにね、と娘もため息をついた
ホウキ星はいまでは西の空に肉眼で見える
それは一発の先駆けにすぎない
後続には彗星の群れが太陽系に向かっており、
数十年から数百年は重爆撃期が続くと予想されている
３０年前にこのことが公表されたときには陰謀論が沸騰した
まだそんなに遠い彗星を見つけられるわけがなく、
そもそもそんな彗星は存在しない、
存在したとしても衝突などしない、
増えすぎた人口を減らすために、
宇宙へ送られた人間は次々に真空へ放り出される、
連日の報道と刻一刻のSNSで何が事実なのか
判然としなくなる状況で中国が生殖可能な全人民の太陽系脱出の実施を宣言した
宇宙国家の建設に人口競争を仕掛ける権威主義体制の”暴挙”を非難しながらも口実にして、
西側諸国も予定通りに国民を次々に宇宙船に乗せ始めた

公表から１０年後、宇宙飛行士だった娘は最初期の脱出船団で地球を出た
おれはそこで娘と別れた
おれは歳を取る
彗星が地球に衝突するより確実な仮説だ
老人は道を譲る
いまでも宇宙のどこかを飛んでいる娘とは
AIが時差を埋めてくれる
自然な会話
年代物のラップトップを閉じ、おれは椅子から立ち上がる
背筋はピンと伸びている
リビングから直接中庭に出ると立てかけてあったサーフボードを肩に担ぐ
言ってなかったが、最近、サーフィンを始めたんだ
昔は誰かの別荘だった家を出て、砂浜へ続く小道を下る
西の地平線へホウキ星が沈む頃、
東の水平線からは夜明けの風が吹き始める
最後の宇宙船が飛び立った後、
この星に若者はいなくなった
仮説は反証される
赤ん坊の産声も子供たちの歓声も、
若者たちの騒々しさも環境から消滅すると
若返り遺伝子が発現した
魚は環境によって雌雄の性別を変える
遺伝子にとっては性別を変えるより細胞の新陳代謝を促し、
若返る方が簡単だ
生殖できなければ個体の寿命を延ばすしか種を存続させる方策はない
実際、徴候はあった
少子化が進んだとき、定年は１０年以上延びただろう？
成熟は遅くなり、老化は緩やかになっていた
そして自分たちの種の次世代がいなくなった環境は残された世代を若返らせ、
おれは若返ってサーフボードを抱え、波の寄せるビーチへと駆け出していく
聞こえる波の音が大きくなる
彗星のビッグウェーブ

Surfin’  U.S.A.

おれは永遠に生きる！