雑踏に消え入りそうな小さな叫び声が
マンションの一室で 二人の幼児の遺体が見つかったと
夕方のニュースが流れ出した頃
私はスーパーのまずい弁当を箸でつっつきながら
今日ついたため息の数を いちいち数えてた
電車のつり革に揺られてため息
青い空がまぶしすぎて痛すぎてため息
背後から大声でしゃべってるおばちゃんの声にため息
笑っている人を見てため息
立ち止まっている人を見てため息
何もする気がしなくてため息
今日もダメだったと苦笑してため息
期待して裏切られて自嘲してため息
思い出さなくていいこと また思い出し
思考がぐるぐる止まらなくてため息
眠れなくてため息
悪夢にうなされてため息
電話すればいつもケンカになってしまってため息
誰ともうまく馴染めなくってため息
云いたいことをうまく言葉にできなくてため息
飲み込んで我慢して疲弊してため息
どうせ誰もわかってくれないと
勝手に決めつけて 勝手に心閉ざして
いい気になってため息
幼い二人の姉弟をほったらかしにした母親は
男をつくってそれっきり
父親はひどい暴力男で 半年前に別れたばかりだという
残された姉弟は この真冬の最中
薄いＴシャツ１枚きりで
食べるものも飲むものも尽きて
泣いても叫んでも 誰も助けになんか来なく
やがて力尽きて 泣き叫ぶこともできなくなって
二人 小さな体を寄せ合うように抱き合うように
ただただ お母さんが帰ってくるのを待ち続けながら
死んでいったという
おなかすいてたね
冷蔵庫にも戸棚にもどこにも食べ物なかったね
のど渇いてたよね
踏み台使って水道の蛇口ひねって
自分よりも先に弟に飲ませてあげて偉かったね
電気止められちゃって エアコンも使えなくて
そんな薄着一枚じゃ 寒かったね手も足もかじかんじゃったね
ママはどこに行っちゃったの？
どうして帰ってきてくれないの
わたしがいい子じゃないからなの
この前 弟をいじめて泣かしちゃったからなの
しょうゆの瓶を落として割っちゃったからなの
黙っておかしを食べちゃったからなの
帰ってきてよ お願いだから帰ってきて
わたしいい子になるから
もう弟をいじめたりなんかしないから
盗み食いなんてこともしないから
今朝 弟が動かなくなっちゃった
何度呼びかけてもピクリともしなくなっちゃった
どうしちゃったのかな
ねえ どうしちゃったの
わたしも動かなくなってしまうの
そしたら あの青いおそらに行けるっていうのは本当かな
そこには何があるのかな
そこに行ったら もう誰にも怒られたりしなくてすむのかな
なんだかわたしも眠くなってきちゃったよ
どんなふうに成長していっただろう
初めて笑ったのはいつだったろう
初めて覚えた言葉はなんだったろう
初めてハイハイした日は？
初めてつかまり立ちができた日は
ひとつ またひとつといろんなこと覚えていって
できるようになって
そうやって少しずつ少しずつ 大きくなっていく
友達たくさんできたかな
元気でたくましい子に育ったかな
どんなことが好きで
どんなことが苦手だったろう
頭のいい子になったかな
スポーツ万能な子になったかも
やさしい子になったかな
強い子になったかな
繊細な子に育ったかも
どんな人を好きになったのかな
苦労を味わってもらいたくはないけど
他人の痛みのわかる子になってくれたなら
あの子たちは果たして
どんなふうに成長していっただろうか
あの子たちが生きるはずだった未来
根こそぎ奪っていった誰かがいる
それは 年中女に暴力を振るっていた父親であり
だんだん子どもがめんどくさくなって
揚げ句 男をつくって逃げてしまった母親であり
そして 泣き叫ぶ声を何度も何度も聞いていながら
様子を見にくるでも 警察に連絡するでもなく
ただただ眉をひそめては迷惑そうな顏をして
自分たちに火の粉が飛んでくるのを嫌がっては
無関心を装い続けたすべての大人たち
つまりは私で つまりは貴方がただ
毎日のように殺人事件が起こるこの国で
なんでもかんでもハラスメントと云ってれば済まされてるその裏で
日常的に暴力や暴言 育児放棄や精神的支配といったものに
晒されている子どもたちがいるこの国で
見たくないものには目を背け 聞きたくないことには耳をふさいで
知らぬ存ぜぬを平気で通せるこの国で
誰もかれもみんな 自分こそが一番可哀想で
だから沢山憐れんで 沢山優しくしてって くれくればっかりのこの国で
自殺者は年間何万人 統計すると何パーセント
その数字に その統計に
たったひとりの自殺者の 言葉すら遺せなかった思いが表されているか
私がひとつため息をつく間にも
つまんねえやと嘆いてるその間にも
声を殺して泣くことさえやめてしまった人たちがいる
諦めてしまった人たちがいる
数字や統計なんかで 一体なにがわかるもんか
なにが計れるもんか
身震いするような瞬間をこの手に
ガヤガヤうるさい人ごみの中
耳をすませば聞こえてくる
鳴りやむことのないこの胸の鼓動が
小さくてか細い叫び声が
ただまっすぐ 鼓膜に集中して
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
最後までお読みいただき、ありがとうございます
この詩は、２０１０年大阪で起きた
２児置去り餓死事件を元にしたものです
コメント
興味深く拝見させて頂いております。内容全体は、一言で言えば『情』これに尽きますね。今の時代に中々ないものな気がします。面白い！
荒川濁流さんへ
興味深いと云っていただき、ありがとうございます
私の詩は、ひとがあまり触れたがらないようなものをテーマにしているので
興味を抱いていただけてるとしたら、とても嬉しいです
死んでしまってはじめて、酷い虐待の実態が明るみに出るけど
事件にもならないところでだって、虐待は存在しているし
大人になったいまだに苦しんでいるひとたちがいる
自殺にしたって、年間何万人とか云われたって
死んでしまったひとたちの思いは何も伝わってこない
いまの世の中、本当に「情」が足りないのかもしれないですね
何でもAIがやってくれちゃう世の中ですもんね
ただ、感情の発露でもある「描く」という行為や
ひとの話を「聞く」という行為まで
AIに任せちゃうっていうのは、なんかちょっと違う気もしますよね
重たい詩ですが、面白いと感じていただけてよかったです
ありがとうございました
こんにちは。荒川濁流 様と雨音陽炎 様のコメントを拝読しまして、
共感致しました。雨音陽炎 様には、私個人としてどこか…？似ている
のかもしれない（「書くこと」への筆にこもる熱？みたいなもの）などと
勝手に感じてしまい。コメントさせてもらいたくなりました。
お読みくださいます人により作品の受け取られ方は、勿論異なりますが。
リリーは、人の「業」を一貫した詩想として表現してまいりました。
雨音陽炎さまが、人の「情」を詩想として表現なさるとしたら。この長い
原稿を、初稿としまして更に時間をかけて推敲なさる必要があるかと思います。
この事は、決して現作品の拙さなどを伝えるものではございません！この初稿は、
ダイアモンドの原石なのです。リリーは、偉そぶってとか、上から目線でとか、
誤解！されるかもしれないので不安に思って、伝える事を止めようかと思いました。
雨音陽炎さまは、これだけ論理的に物事を語り客観視して書ける方であります。
だからこそ、初稿にこれだけの筆力があるのです。改稿、という作業は、苦しみ
であります。どれだけ苦しむか…によって、原石は磨かれてカッティングされます。
詩表現というのは、描きたいものへ焦点を絞り込んで。自分が、「語りたい」と
思うものほど、削ぎ落とすのです。それは言葉（説明）ではなく、行間であったり。
たった一点の「、」や「。」であったりもします。ことばを、練り（選択する）
言の葉の紡ぎの呼吸、息づかい（リズム）を掴むのです。
改稿を重ねて、仕上がってくる原稿は、初稿とは全く違う耀きに満ちています。
私も以前は、原稿用紙三枚にわたる作品しか、どうしても書けませんでした。
それを二枚に推敲出来るようになり、やがて一枚半におさめる事が出来るように
なったのです。私に学識は無く、ただ「書き続けたい」という想いと鍛錬による
ものなのです。
雨音陽炎さまの詩作、人や世の中をみる眼に、すごく作品の可能性を感じます。
自分勝手に余計なコトばかり、お話してしまったのかもしれません。コメントを
削除しようかな……と、迷いました。けれど、僅かでもご参考にしていただける
内容があれば嬉しいと思って、お伝えしておきたく思いました。m(_ _)m
長いコメントになってしまって、申し訳ございません！失礼致します。
リリーさんへ
とても丁寧なコメントとアドバイス、ありがとうございます
いえいえ、全然偉そうとも上から目線とも思いませんよ
リリーさんのように云ってくださる方はなかなかいないので
とても勉強になります
ありがとうございました