モンスター
「熱っ!」
熱湯の入ったコップをぶちまけながら
何なの? この成績は!
また順位が下がってるじゃない!
勉強してるふりして
くだらない漫画でも読み腐ってたんだろう!
「ごめんなさい、読んでません
今度はちゃんといい成績取ります
だから、今回は許してください」
この間もそう言っていたよね
謝れば許してもらえるとでも思ってるのか
人を舐めるのもいい加減にしろ!
病院には連れて行ってやる
勉強中に過って飲み物を零したって言いなさい!
いつからお母さんは お母さんじゃなくなったのだろう
裁縫好きだったお母さんは 私が小学生の頃はよく
学校に持っていくクッションカバーとか体操着袋とか手作りしてくれて
私も誇らしげな気持ちで学校へ持っていったりしていた
あの頃は 何度もテストで100点を取って
答案用紙を見せてはお母さんも喜んでくれてたから
嬉しくて勉強も頑張れた
それに あの頃はまだお父さんも一緒に住んでいたし
お父さんはあまりおしゃべりな方ではなかったけれど
私のことは可愛がってくれていた
二人でよくドライブにも連れて行ってくれたり
だけどお母さんは こんなに優しいお父さんのこと
何故かいつも見下しては バカにしていた
お父さんは何も言わないで黙っていたけど
子ども心にも あまりいい気持ちはしなかった
いつの間にか お父さんはいなくなっていた
一体どこでおかしくなったんだろう
小学校の卒業文集に 私が外科医になりたいって書いたことからかな
ブラックジャックが好きで あんなふうに患者を手術で救える外科医という仕事
単純にカッコいいと思ったからだったんだけど
それを知ったお母さんが 医学部を目指すならと
有名私立中学のパンフレットをいくつも集めてきて
お母さんの気に入る中学に なんとか合格することが出来た
お母さんは言う テストに出る問題なんて
授業を真面目に聞いていれば満点取れて当たり前
医者を目指す貴方なら 毎回満点取らなきゃダメよ
けれど 中学での授業は当然小学生の時より難しくなっており
毎回毎回満点を取るのは難しくなっていった
ある時定期考査の点数で89点を取ってしまった
どうしよう どうしよう どうしよう
こんな点数お母さんに見せたりしたら
案の定 お母さんは大激怒
「何なの、この悪い点数は?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「ごめんじゃないでしょ?理由を聞いてるの!」
「ごめんなさい、今度は頑張ります」
私は私なりに頑張った、つもり
部活にも入らず、友達と遊ぶこともせず
学校が終われば真直ぐ帰宅
食事とお風呂の時間以外はすべて勉強に費やしていた
深夜遅くまで勉強しないと許されなかった
それでも私の成績は思うほど上がらなかった
この頃になると 叱責や暴言だけにとどまらず
身体的な暴力もふるわれるようになっていた
ある時は包丁を突き付けられたこともあるし
棒のようなもので何度も叩かれたりもした
手首についた傷跡をクラスメイトに見られてしまい
見かねたクラスメイトが担任に
成績表を書き換えてくれるよう掛け合ってくれたりしたけど
担任はその意図を理解してくれることはなかった
自分で改ざんを試みたりもしたけど すぐにバレてしまい
暴力はさらにエスカレート
高校に入って 何度か家出も試みた
国語でお世話になっていた先生
先生は私の体に出来たいくつもの傷に気づいてくれて
然るべきところに相談したほうがいい
ひとりで不安なら 自分も付き添うからと言ってはくれたけど
そんなことをしたら あとでどんなことが待っているか
私はお母さんを恐れていた
いい成績を取ってお母さんを喜ばせてあげられない自分が悪い
こんな自分 いつか見捨てらてどこかへ行ってしまうのではないか
その時の私は そのことが何より恐ろしかった
三者面談の日
担任は淡々と「娘さんの成績で医学部へ行くのは無理」
「そもそも娘さんは医者向きではない」
「看護科ならA判定なので、看護科を薦めます」
激高したお母さんは 医学部へ入るために必要な偏差値から
私のいまの偏差値を引き算させ
その答えの分だけお仕置きと称して暴力をふるった
お母さんはどうしてそんなにも医者に拘るのだろう
別に看護師だって立派な仕事だと思うけど
お母さんだっていつも健康ってわけじゃないんだから
病院に罹ったりもしてるはずで
看護師にもきっとお世話になってるはずなのに
とにかくお母さんの希望通り 医学部を受験しよう
それで不合格だったら きっとあきらめてくれるはず
合格発表の日 当然ながら私の番号はなかった
お母さんは あきらめては
くれなかった
何のために今までお金を費やしてきたと思ってるの!
合格するまで許さないからね!
あと 親戚には医学部合格したって言いなさい
次の年も その次の年も その次の年も
私は医学部受験するも 結果は惨敗
お母さんも流石にいい加減無理だと悟ったのか
看護科でも認めてやる
その代わり 助産師になること
それ以外は認めない
お風呂に入るときも 寝るときも
お母さんは常に私に張り付いて見張った
ほんの人ときの自由さえも取り上げられた
それでも
それでも
看護科を合格して 日々看護師の卵として勉強していく中で
外科医をそばで支える看護師になりたいという夢もでき
少しずつ自分の人生を生きていけるのではないかと
こんな私にも かすかな淡い希望の光が射しかけたような気がしていた
一方ではお母さんの望む 助産師になるための試験も受けたものの
結果は不合格
「裏切者!バカ!うすのろ!嘘つき!人間のクズ!お前なんか死ね!」
ありとあらゆる罵声と暴言が ガラスの破片のように降ってきた
また、お母さんとの連絡用以外に持っていたスマホが見つかってしまい
ベランダに叩きつけるように投げつけた揚げ句
ブロック塀を投げつけ粉砕
ここに土下座しろ! 私を裏切った罰だ! 嘘をついた罰だ!
喚き散らすお母さんの言葉を聞きながら
結局何も変わらない この人はずっとずっとこうだ
ふいに今まで抑えてきた何かが ブチッと切れたような音が聞こえたような
そんな気がしながら 言われるがままに土下座している自分
涙なのか悔しさなのか怒りなのか絶望なのか
言葉に出来ない感情があとからあとから湧いてくるようで
お母さんに悟られないように 必死で堪えた
あゝ この人はもう 昔私がまだ好きだった頃のお母さんじゃない
この人は私のことなんか何も見てやしない
成績優秀な子ども 有名私立に通ってる子ども
医者になった子どもを持つ母親と 他人からスゴイですねなんて言われて
見栄と虚栄心と優越感を存分に満たしてくれる
ただそれだけの それだけの
モンスターに過ぎない
私はこの人の道具じゃない
医者になるのは確かに私の夢だった
人の夢を奪うだけじゃ飽き足らず
私の人生まで乗っ取るつもりなんだ
いつまでも支配できると思ってる
言うこと聞くと思ってる
もう無理だ もう限界だ
終わらせよう 終わらせなきゃ
私は私の人生を取り戻すんだ
そのためには そのためには
もう あれをやるしかない
。。。。。。ハァ、ハァ、ハァ
モンスターを倒した
これでもう一安心だ
一安心だ
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最後までお読みいただき、ありがとうございます
この詩は、滋賀県で起きた9年もの間、医学部への受験を強いられた女性が
堪りかねて母親に手をかけてしまった事件を元にしています
コメント
こんにちは。「雑踏に消え入りそうな小さな叫び声が」の作品へのコメントに
返信をくださって、どうもありがとうございます!m(_ _)m 嬉しかったです。
こちらで初出の作品を、あちらのサイトでも目に致しまして(うわ…!)(・・;ゞ
初めて気付きました。長いけれど読ませてしまう、興味深い作品ばかりで、
これからも拝読させていただきたいと思っています。^^
こういうタイプの詩ってほとんどが自分の体験や思想を書くと思うんですよ。社会的な事件をもとにこういう私小説的な詩を書くというのは新しい試みなんじゃないかなと思いました。
リリーさんへ
コメント、ありがとうございます
あ、あちらのサイトでは別の名前で投稿してるので(^_^;)
リリーさんも投稿されてるの、拝見しました
今後ともよろしくお願いします(^^)/
たかぼさんへ
コメント、ありがとうございます
自分の経験してきたことやら思いやらを綴った詩も描いているのですが
もっと、なんていうか
家庭の中とか学校とか会社とか、閉鎖されてる空間で起きてる出来事っていうのは
なかなか他人には理解できないというか
何か事が起きないと誰も気づかないことだよなあと
こんな風に詩にすることで、少しでも誰かの目に留まってくれたら
という思いで描いています
こういう私小説風に描く人っていうのは
たしかにあまりいないかもですね
ありがとうございました