死のある町

とても美しくて、死である
つぶれた喉で、声である
いったいこれらの風景で
何万回も舌を出す
残された問題は
ほとんどの解答を
ざらざらと
有人飛行の罪であるとする
もう一度おまえを抱いて
この残された問題に皮膚の一部を
あたえる
こわばる
おさえる
つみとがのしるし
さしちがえる
独音の包茎の
こうしたしくじりのおおくは
はためく軍旗
いわばしる軍旗
感応するこのわたしは
死のある町を
灰にする町を
永遠だと言う。

投稿者

岡山県

コメント

  1. ずっと考えていたんですけど
    原子爆弾という、とんでもない兵器が日本の
    広島・長崎に投下されたとき
    投下した側は、一体なにを考えなにを感じていたのだろうかと
    多分、上のものの命令にただただ従っただけかもしれないけれども
    たった一発で、家も家畜も草花も木も
    老いも若きも、男も女も、幼い子供までも
    一瞬にして街ひとつを壊滅状態にしてしまった
    それに対し、彼らは一体なにを思ったのか

    原爆投下は正当だったと、先日もあるアメリカ人が云っていましたが

    人間は愚かだから、いつまでたっても学習できず
    同じ過ちばかり繰り返しています
    戦争は一向になくならないですね
    地球がぶっこわれるまで続けるつもりなんじゃないかと

    チャップリンの「独裁者」でチャップリンが
    地球儀(を模した風船のようなもの)で遊んでいるシーンがありましたが

    どこぞの誰かが、そうやって地球で弄んでいるような
    そら恐ろしさを感じてます

    考えさせられる詩でした

  2. @雨音陽炎
    さんへ、コメントありがとうございます。わたしは世界の姿は《神の姿》だと考えています。人間が何かを成しているのだとは思えないのです。そしてそれでも〈わたし〉が何かを成すことが可能であるのならば、それはひたすら無意味であることの証明として実現されるのだと感じています。神がこの存在の実感の中にわたしをひきいれている限りは、自己の限界に於いて、少しの存在の花を愛したいのです。

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