千年紀

 
彼は千年先の世界に居た
そこは彼の生まれ育った世界とは全く趣を異にしていた
しかし不思議なことに彼は何も不便を感じず
彼にとって要領を得ないものは何一つ存在しなかった
さらに不思議なことに
彼は自分が何者かを知っているにも関わらず
鏡に映った姿は彼のものではなかった

往々にして哲学的疑問がそのように解決されるように
やがて彼は内的な精神的発揚と共に
事の次第を把握した

時空間跳躍は遺伝子の恒久的連続性の許において為された
彼の意識は彼の性染色体を通って千年後に到達したのである
即ち鏡に映った姿は彼の遠い子孫である

このことから彼は悟った
何故自分が自分でなくなったように感じる時があるのか
そしてそのとき何故
自分の知るはずもないことを思い出すことができるのかを

それは丁度彼がそうしたように
彼の遠い先祖が彼の中へ時空間跳躍した時なのだと
 
 

【 解説1 】
私には彼の言っていることが理解できる。果たしてそれが”性染色体”であったかどうかは定かではないけれども。性染色体であるとするとかなりリスクが高い。子孫を残せなかった場合に終了となるからだ。もしかすると、子孫を残せなくなるリスクを避ける機構が存在しているのかもしれない。例えば彼の意識が遺伝子に働きかけて、非常に魅力的な男性(Y染色体の場合)、または女性(X染色体の場合)にすることで子孫を残せる可能性を高めることができるかもしれない。しかしそれを考慮したとしても、例えばユングなら”性染色体”とは言わず”集合的無意識”と言うだろうし、”時空間跳躍”などとは言わず”太古の記憶が蘇った”と言うだろう。しかし要は同じようなものである。と言うのも、本日私のクリニックに興味深い患者が来た。彼は千年前の記憶が蘇ったと言うのだ。頭がおかしくなったのかと心配して精神科を受診したのである。彼は自分が藤原経輔であると主張している。その名前を聞いたとき、私は衝撃のあまりしばし絶句したが、冷静を装い、まずは精神安定剤を処方して一度お帰り頂いた。然るにても斯くの如き奇跡が起きようとは。千載一遇(千年に一度)の好機とはまさにこのことかな。憎き経輔めを如何に成敗してくれよう。何となれば吾こそは蔵人式部丞・源成任なるぞ。

【 解説2 】
西暦1024年8月23日 後一条天皇が一条院内裏の紫宸殿で相撲を観戦中、権右中弁・藤原経輔と蔵人式部丞・源成任が髻を掴み合う喧嘩を起こす。さらに8月27日 経輔は成任を暴行し、宮中の宿所に逃げた成任を、経輔の従者たちが追いかけ、宿所を破壊する事件を起こす。
 

投稿者

愛知県

コメント

  1. 人間の意識が時間的・歴史的に醸成されたものである時、それは時代に反応・反射しつつ、しだいに変化への対応をスムーズなものへと変化していくのでしょうか、そしてついには本質的な自覚構造のみとなるのでしょうか、そこでは変化への対応は、言葉での変容であり、常に流動する世界とともに、自己感と言うものは、うすれていくべきものなのでしょうか、そしてついには〈無自己〉のわたしが、誕生するのか。

  2. 以前流行った5億年ボタンを思い出したりもして…解説3、解説4…続きがあるのかしらん…そしたら火の鳥か…今通ってる場所で似たような事とゆーか、その人は戦時中の事をリアルに話すんですねー30歳の可愛らしい女性ですがね…彼女の中では時間も人格もいくつかあるそうです…彼女と話したら彼女の世界に引きずりこまれそうになりますね

  3. @坂本達雄
    なるほど自己と言うものは時代に反応反射したものであり独立した自意識というものは幻想であるかもしれないという考え方ですね。面白いですね。ちょっと考えてみる必要があるかもしれません。コメントありがとうございました!

  4. @三明十種
    「5億年ボタン」怖いですよね。私はちょっとトラウマになっています。5億年という広大な時間を扱っているのに真逆の閉所恐怖症的な怖さが異様です。そうですか30歳女性がリアル時間跳躍者なのですね。解説したいことはまだありますが、解説3、解説4と行くと不恰好なのでやめておきます。コメントありがとうございました!

  5. 時間は存在しない。作者名を伏せて投稿されても、これはたかぼさんの詩だと誰もが言い当てるだろう。詩本編と、その解説すら詩の一部であるという、まさに遺詩屋。千年前のリアルな日付と受診日がそら恐ろしいが胸も高鳴ってしまうのである。

  6. @あぶくも
    【 解説3 】
    タイムトラベルと遺伝子を絡めるというアイデアは40年ほど前に書かれたDr.takaboのメモ帳から発見されたものです。今回詩作品にするにあたって丁度千年前の出来事を使うためメタ詩の構造が取られたと思われます。なんてね。コメントありがとうございます!

  7. あぶくもさんも言うように、たかぼっちならではのSFと医学の融合が詩に昇華されるという、やはり稀有な詩人だなあと改めて尊敬の念を抱きました。

  8. @トノモトショウ
    いやいやトノモトさんにそんな風に言われる嬉しくて舞い上がってしまいます。コメントありがとうございました!

  9. ど、どっちもあれなひとだった…。というのは冗談です。
    難しい話ですよね。嘘でもなく本当でもない。せめて創作という庭を造ってあげることが出来ればいいなと思います。

  10. @りんね
    創作という庭として、現代詩は小説よりも自由度が高いと思います。小説は誰でも書けるわけではないですが詩は誰にでも書けます。だからこそ駄作も量産されるわけですが。多くの人にとって小説は書くものではなく読むもの、そして残念ながら詩は読むものではなく書くものになってしまっています。せめてWEB詩人会ではその比率が一方に傾くことがなければ良いなと思います。そんな中でコメントを書いていただけるというのは幸甚であります。ありがとうございました!

  11. 時々、来世を想像してみることがあるのですね。来世が、いわゆるその後の新しい世とは限らない。もしかしたら昔に生まれ変わることがあるかもしれない。そういう意味で、世は繊細な襞のように丸く繋がっているのか。過去も、現在も、未来も。…読後、そんなことを考えてしまいました。

  12. @長谷川 忍
    生まれ変わりというのは一種のタイムトラベルかもしれませんね。そしてそうであるなら過去への生まれ変わりという考え方も出てくるでしょう。なるほど、その発想はユニークです。良いSFの題材となりそうですね。コメントありがとうございました!

  13. 最初は所謂タイムトラベルもの、千年前のひとが千年先にタイムトラベルしてきたのかと思いながら読みました
    どうやらそういうことではなく、輪廻転生のことを謳っているのかな、と感じました
    これは、私の好きな中島みゆきさんの楽曲のほぼすべての根底にデビューしたときからずっとあるテーマで
    あの「時代」という曲でも、単純に傷ついた人もやがては立ち直ることが出来るとかそういう曲ではなくて、今は悲しすぎて笑うことも出来ないけど
    時は変わり、たとえ姿形は変わってしまっても
    生まれ変わってめぐり合うときが来たら
    きっとまた笑って話せることが出来るようになる、なっているはず
    と歌っています(私の勝手な解釈ですが)

    遠い遠い昔の、知るはずのない過去が
    なぜか懐かしく思えたりすることも
    あるいはあるのかもしれません

    袖すり合うも多少の縁、なんてコトバもありますしね

    たかぼさんの知識量とか、語彙力とか
    他の作品も読ませていただいてますが
    毎回、素晴らしいなと感じています

  14. @雨音陽炎
    確かに、輪廻転生は一種のタイムトラベルと言ってもよいのかもしれませんね。中島みゆきさんの「時代」の解釈も素敵です。他の作品も読んでいただいているとのこと恐縮です。コメントありがとうございました!

  15. 染色体に刻まれた記憶が幾年月を超えていく
    なんて、素敵な話でしょうか
    そしてなんと業が深い

  16. @那津na2
    業の深い話になってしまいました(笑。でも、死後の世界があるとして、人生で与えたり受けたりした様々な悪行について宇宙意識と同化するにつれて浄化されて消えていく、という素敵な説があり、私は本当はそちらの方を信じたい気持です。コメントありがとうございました!

  17. 読んだ時に、彼は地球最後の一人で、(『ヴェイトゲンシュタインの愛人』みたいな)だとしたら、私は誰なのか?という疑問があって、その子孫か、だがしかし最後まで読んで、これは現代なのか、と思いました。またもや読み間違えてしまったようです。

  18. @timoleon
    いえいえ、読み違えるほど深く読んでくださり感謝申し上げます。タイムトラベルした先が人類最後の日であった、そしてその最後の一人であった、なんて、これまた良いSFの題材になりそうなヒントです。コメントありがとうございました!

  19.  とても難題な詩作品でした。

     難しい作品を読んで言葉の奥にあるフォーカスがぼやけていて悩んでしまうときは答えやヒントが作品では無く家族らとの何気ない会話や日常の職場でのやり取りやテレビなどをつけたときの最初の文字とかから「これでしょ」と出てくることが頻繁にある日々を過ごしている私は、数日間待ってみたのですが、今回は、引っかかる現象がいつまで経っても現れません。脳内のアンテナが古くなったのかなとも思いましたが、しょうがないので想像して動いてみても「じっちゃんの名にかけて」は金田一少年の決め台詞だとしてもときどき見る現実の隔世遺伝の実感でわかる隔世の印象を棚の上に上げて「かーくーせぇー」と長めに呪文を詠唱してみたら1000年後もありなのかもしれないなとか、行ったり来たりなのに何故だか辻褄もあっていて全体的にプラスチック詩作品としては何故だか成功しているように思えて捨てがたいなあとか感じていました。で、もっと気になるのは、本来の1人の「意識の可逆性」というか、乗り移つた先の患者である子孫の側の1人の意識の一部分は作者として殺してしまってはいないのだろうかというか、なんだかとても恐ろしい怖い素朴な疑問でした。
     その上で、あらためて詩作品として読んでみたわけですが、作品の子孫は死んではいなくてもこれでは現在を生きていくのが辛いだろうな、大丈夫なのかな、とか、けどアーチストとかだったら逆に楽しく生きられるんだろうなとか、源成任側からすると集団的無意識が固まってしまって神になってしまったようなところのある意識の集合体みたいな文化の本来の姿も実はすっかり忘れてしまっている意識体みたいなものが源成任側にエラーがあってもっと大切なことを忘却したまま登場人物の患者に背乗りする隙を何か患者側の責任ももちろんあって患者側で用意してあったりしたのではないのかとか、いや偶然に最初からあったのかなとか、文面からは読み取れないけれど、やはり実は結論として患者は自分から進んで私みたいに憑依を繰り返すのが特技?というか日本人の多くが持つ無意識も含めて技(わざ)と思っている人だったりなのだったとかなんとか(私のいう私の憑依は趣味のレベルの連詩するときに導きだしているものなのでつけたら直ぐに戻ってしまう簡易的なものではありますが)、詩作品としていろいろ考える時間を頂けました。

     読ませていただきありがとうございます。

  20. @足立らどみ
    まず足立さんが深く読んで考えて下さったことに感謝申し上げます。その上で足立さんのコメントが良い意味で詩のようだなと思いました。私たちの生きているこの世界は意外に驚きに満ちており、SFはまるで後追いのようです。SFのアイデアはこの世界がなければ生まれないものですので。時間や空間も実際にはこの詩をはるかに凌駕する驚異なのでしょう。コメントありがとうございました!

  21. なぜだか「千年女優」というアニメーション映画を思い浮かべました(内容はあまり覚えてはいないのですが、印象に残っています)。
    最近宇宙のことを考える機会がありまして、万有引力というものがあるのでもしかしたら将来宇宙はなくなってしまうかも、というものなのですが、とりあえずはまだまだ膨張しているそうです(途方もない話です…)。
    遺伝子、に関しても、簡単な反応の記憶は残ったりするという実験結果があるそうです(マウスを使ったもので、例えば地震などの危機察知能力や閾値など)。
    でも、なんだかんだそれらはある種の表現であって、とても興味深い話だなっていう受け方も大事なのかなとも考えます(台無しかもですね…)。
    なにが言いたいのかというと、解釈次第で台無しにもしてしまうのは本当にもったいない話だなって思いました(前回はすみませんでした…)。

    色々想像が膨らみました!

  22. @ぺけねこ
    いえいえ、色々考えて頂けただけで光栄です。宇宙の話、遺伝子の話など、現実は我々の想像を遥かに超えるものですね。SFも所詮は現実には及ばないのではと思ってしまいます。コメントありがとうございました!

  23. 性染色体を通って千年後に到達した
    というところに、なんとも言えない説得力を感じます。
    そして、そこにも 詩の跳躍が成されているところに、たかぼさんの筆力の高さをあらためて感じます!^^

  24. @こしごえ
    男系直系であればY染色体はそのまま受け継がれるので天皇のY染色体は2千数百年前の神武天皇のY遺伝子そのものである、よって男系天皇は世界的な遺産であり守られなくてはならない、というのが男系継承の理論の一つだろうと思いますが、それについてはここでは私の意見は述べないことにします。また諸民族の女性をレイプしまくったジンギスカンのY遺伝子が現在も世界中に散らばっていると言われています。ともあれ、こういった性染色体の恒久性ということの面白さがこの作品のアイデアの一つになってくれました。コメントありがとうございました!

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