文脈

文脈

彼が自分の【家族】を殺すところを、私は見ていた。

青い尾羽をした手のひらに乗るくらいの若鳥が、何かしら面白いことを思い付いたと言いたげに、テーブルの上でマッチ箱相手にダンスを踊っている。そういう光景がすぐそばで起きることは、私にとって特に珍しくない。どういう理由なのか、彼らのような小動物は人の姿をした私を恐れなかった。私が美しいからとか、優しさが感じられるからとか、そういう非現実的な理由からではないと思う。真実は分からない。ただなんとなく私が思うに、この古い木製の作業台に古ぼけた真鍮のランプが置いてあるように、そして夜になると私がそれに火をつけて暇潰しに200年前の恋愛小説を読むように、なんというのか、ただの世界の文脈のうちの一行なのだろう。

でも、パパはそう思っていない。

若鳥に向かって、楽しそうだね、と思う。何かしらカ行に似た発音で、鳥は笑った。笑った、のだろう。人が見たら、このやり取りに随分驚くのかもしれない。人はなぜ自分達以外のものが人間と同じように感情を持っていることに驚くのか。少し頭が痛くなってきて、いい加減冷めたコップに手を伸ばす。鳥はダンスに疲れたのか、飽きたのか、ふいと首を傾げてから瞬きする間の速さで飛び立っていった。私がこの小さな客をもてなさなかった無礼に腹を立てているのかもしれなかった。しかし、ちょうどいい菓子がなかったのだ。運命とはそういうことで決まる。そしてパパは、運命を書き換える「パンくず」をいつも懐に隠し持っている。

ラウル、と私に名前を付け、事実上の母は笑った。私は、名前を付けられるという幸福で体が震えそうだった。

私にもいわゆる「文脈」は見えた。抵抗しなかったのは、その先にある死が別段怖いものでなかったからだ。私は死ぬ。だが、生きていてこれ以上与えられるものがあるという未来も、私には見えなかった。このまま死んでも、生きても、同じだということの意味が理解出来たのだ。だから、初めて会った見知らぬ天使のような化け物に、殺せと言った。言わなければ良かったのだろうか、その一言で化け物の目が怒りに輝く所を、私は見てしまった。私の為にではない。それは、断じてそんな心のある解答ではなかった。化け物は、何かしら私には決して理解できない、恐らく世界にとっても起きる筈のなかった未来を、その本に書き加えることが出来た。

パパは、ずっと、その一言を待っていただけなのだ。

投稿者

神奈川県

コメント

  1. これは小説か詩か、などという愚かなことは考えません。どっちでもいい、のではありません。これは詩に決まっているのですから。ざっくり言えば小説は理解するものであり、詩は感じるものかもしれません。don’t think feelってことでしょう。小説は文脈が主役ですが、詩にとって文脈は感じるための道具です。と、この詩を読んでそう感じました。

  2. @たかぼ
    詩らしく体裁を整える作業は苦ではありませんが、極端に読みづらくなるので、結果分かりにくいと閲覧を避けられてしまう気がするのです。敷居が高くなり過ぎて。
    書きたいことは詩ですし、小説というにはあいまいな表現が多すぎますが、行間に何が起きているかを精細に書きたい時には、どうしても小説寄りの書き方になります。文脈から読み取れるものを詩と呼んでいるのですが、いかんせん抽象的過ぎて、夢程度の記憶しか残せないのですよね。

    それでも読んでくださる方に感謝です。有難うございます。

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