ふたりの少女と、通り過ぎ行く人々と
ふたりの少女と、通り過ぎ行く人々と
ここにふたりの幼い少女がいます
ひとりは サラサラふわふわヘアに赤いリボン
ふっくらやわらかそうな頬とクリクリとした可愛らしい瞳
上から下までいかにも高級そうないい服を着ています
もうひとりは 何日もお風呂に入ってなさそうなボサボサの髪
やせこけた頬に 生気の宿っていない淀んだ瞳
薄汚れたシャツに 裾の解けたボロボロのズボンです
ふたりともどうやら迷い子のよう
さて、ここで質問です
あなたなら どちらの少女に最初に声を掛けますか?
大抵の人間は 可愛らしくて高そうな服を着ている少女の方に
最初に声を掛けるものなのだそうです
いやいや 私は俺は違うと
お怒りの方もおられるかもしれません
がしかし 我々人間は無意識のうちに 高かそうな服を着ている少女の方を
よりかわいそうな感じがして 哀れみや同情 手を差し伸べてあげなきゃ
といったような頭が 本能的に働いてしまうものらしいのです
別の違った場合ではどうでしょう
隣の家からなにかが壊れるような大きな音がしました
夜遅くに子どもが火のつくような声で泣いていました
子どもがはだしのまま家の外で 何時間も放置されています
街中で電車でバスでコンビニでスーパーでファストフード店で
ものすごい勢いで子どもを怒鳴りつけては引っ叩いたりしている親がいます
クラスメイトから執拗な嫌がらせや暴行を受けている生徒がいました
その子は真面目で大人しくて あまり目立つタイプの子ではありません
体育の時間には みんなでよってたかって
まるでゲームでもするように ボールをぶつけられたり
掃除用具入れに閉じ込めて 出られないようにされたり
学校のどこにも居場所はなく
かと云って 欠席することさえできず
ただただ耐え忍ぶより他ない毎日を送っていました
お父さんが変なことするの
胸とかおしりとか股の間とか触ってきたり
キスしてきたりするの
イヤだって云っても 止めてくれないの
お母さん どうしようどうしたらいい
ああ また始まったな
毎晩毎晩 うるさくて適わないよまったく
また子ども泣かしてるし
え? いいよいいよ
下手に関わって責任とれとか云われても困るしさ
それより早く寝なくちゃ
明日 朝から会議で早いんだ
いじめですか?
うちのクラスにはそんなものはありませんよ
みんないい子たちですし 仲だってとてもいいですし
ただじゃれ合ってるだけですよ
子ども同士じゃよくあることです
いちいち教師が首をつっこむほどのことじゃないですよ
ハハハ
お父さんが変なことをするですって?
なんてことを云い出すの、あなたって娘は
そんなすぐにバレるようなウソ 一体どこで覚えてきたんだか
そんな娘に育てた覚えはないわよ
二度とそんなこと 口にしないでちょうだい
まったくなんて穢い なんて悍ましい子どもなの!
どこにも誰にも 本当に悲しいひとの悲しいが届かない
ひと知れず流されたいくつもの涙が
海にすら還ることさえ適わずに
今日もどこかで すっかり乾涸びてしまいました
たまたま聞こえていただけですもんね
たまたま見てしまっただけですもんね
知っていたけど ただ知っていただけですもんね
だからきっと それについてあれこれ責める筋のことでは
決して 決してないのかもしれません
太宰の人間失格の一節ではないですが
世間とは とても無常で残酷なもの
そしてまた 世間とは
つまりはわたしで
つまりはあなたなのではないでしょうか
迷い子になったふたりの少女が
じっと こちらを見つめています
何もひとつも口を利くこともなく
いつまでも
いつまでも
ただ黙って
こちらをじっと 見つめ続けています
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最後までお読みいただき、ありがとうございます
冒頭のふたりの少女の話は
実際の実験でも証明された出来事で
(実験ではふたり、ではなく、ひとりの少女に
高い服とボロの服をそれぞれ着せて行ったそうです)
しあわせって何だろうとずっと考えてるんですけど
もしもこの世界中のすべての人々が
みんなしあわせだとしたら
それはもはや、しあわせ、ではなくなってしまうんじゃないか
ふつうのこと、ということになってしまうんじゃないか
世の中が平等じゃないのも、差別が一向になくならないのも
結局はどこかの誰かが、しあわせ、を感じるため
なのじゃないか
そんなことを、思ったりしている今日この頃
コメント
@りんねさんへ
コメント、ありがとうございます!
私もこの実験のことを知ったときには
え? 逆じゃないのって思ったんですけど
人間って不思議ですよね
この話を聞いて、太宰の「浦島さん」を思い出しました
浦島さんに助けられた亀が
「子どもに虐められてる亀だったから助けたんだ。もしも荒くれた漁師が病気の乞食を虐めていたら、助けるどころか、顔をしかめて急ぎ足で通り過ぎたに違いないんだ」
って浦島さんに詰め寄る場面
亀は(というか太宰は)なかなかに鋭く真理をついていたんだ、と
改めて感じたのです
ボロ服の少女に声をかけないのは
そのあとどうするのか、ッていう問題もあるのかもしれません
この世の中には、りんねさんの仰るように
慈愛の精神を生まれつき持っている人間がいる
そういった精神が、本当の意味でこの世界には必要なのかも
人間は愚かで弱くてズルい生き物で
自分が困っているときには、助けてほしい
けど、他人が困っていたって知らぬふり
そんなふうにはなりたくないですけど
そんなふうに他人にしてしまいそうな自分にも
ある種の恐ろしさを感じます
ありがとうございました