生きた! いま、たぶん
正午の光を見たおれは5.46×10のマイナス9乗秒後に消滅する
おれをおれと呼ぶおれは
おれにおれと呼ばれるおれの影でしかない
おれはおれのイデアではない、おれ自体ではない、
しかし、おれはおれでしかない
まあ、そうかもね
意識は身体がすることを追体験しているだけであっても、
希望を持つのは意識の方のおれの特権だった、身体にあるのは予測だけだ
たいした濃淡のない人生を不幸のどん底から幸福の絶頂まで体験したかのようにガンマ補正する
おれの意識であるおれはいまを生きる真似事をしているだけだった
楽して稼げりゃサイコーとうそぶくのも時代に合わなくなったようだ
本当は努力して達成感を得たい
真面目な自分がかっこわるいと感じたのもずいぶん昔となった、いまは
あなたは真面目ですかと真顔で訊かれたい
結局おれにはどう見られたいかだけしかチューニングできるパラメータがない
影には表面しかないもんで
身体が生むデータを脳に集めてレンダリングするとおれがこの世界に存在するように感じられる
おれという意識が脳という物質から生まれることをニコチン依存者のおれには否定できない
否定はできないが肯定したってハッピーにはなれない
サバンナのどこかには蟻の作った大きな塚がある
おれは木の枝を蟻塚の巣穴に差し込む
おれの働くオフィスを窓から入ってきた大きな木の枝の先端が横切っていく
やれやれ、人間が創る環境も人工物も自然の産物だ
おれは自然から出られない
意識が身体を操作しているというフィクションを身体が意識に付与するのは身体のウェルビーイングに沿う
身体はよりよく存在したがっている
身体より善いものがあると身体自身が信じたがっている
倫理へと成長し、テキストへ脱皮する
AGCTの文字からなる辞書はおれを記述していない
おれは物語であって、物語は単語から出来ているわけじゃない
起承転結は単語から生まれない
永遠はもはや夢ではなくなったらしい
意識は身体に捨てられるのかと怯えている
そんな頃もありましたとさ
執着はなくした、どっかで頭をぶつけでもしたんだろう
なんにも憶えていないのがその証拠だ
とっくに答えが見つかったし、それも成し遂げたように思う
おれには表面しかなかったがそのことに気づけたことに満足していることに気づいた
おれは何者にもならなかった、それは同時に
何者もおれになれなかったことを意味している
他者がおれになるメリットはないが、あいにく、おれには
おれなりの理由があっておれなのだろう
あるいは、そのことにおれはもうすぐ気づくのだろう、予感は強まるばかりだ
宇宙を構成する物理の定数はすべて有限の値を持っているのならば
おれもそのうちに気づくしかない、終わりが来るのは可能性ではない
事実だ
100パーセントの確率で起こることはもはや起こったことと同じだ
身体が前へ進む
正午。おれは光を見た
身体によって遮られていた光は
頭頂から地面まで
有限の速度で地面に届く
地面にあった影は
光が地面に届くまでの有限の時間、地面に貼りついたまま、存在する
秒速29万9792メートルで光は
おれの身長160センチメートルを通過し、
5.46×10のマイナス9乗秒後に地面のおれの影を消す
宇宙が有限であるという事実がおれと名乗る現象を物質から解放する
純粋な現象としておれは5.46×10のマイナス9乗秒間、宇宙に存在した
生きるって、この有限と無限の破れ目に飛び込むことだ
これがおれの成し遂げた答えだ
身体が前に進む限り、厚みの無いまま、おれはおれとして顕現できる
実体などなくても、おれは存在する、それは、
おれだけではない、触れることはできないが、
自由なおまえもきっと存在する
おい、いま、思い込みだと言ったやつは前に出ろ
光が強いほど、影は濃い
コメント
ゼッケンさんの作品では最も哲学的な一編ですね。光を見たのは身体(おれ)、それを認識したのは意識(おれ)で、おれとおれを結びつけたのは5.46×10のマイナス9乗秒の光の速度であった。「消滅」したのは何故か? もしかしたらその光は核兵器によるものだったのか? などと考えてみる。しかし主題は光と消滅の方にはなく、意識の存在そのものへと探究は進んでゆく。
つまるところ、どんなに考えようと考えることを放棄しようと
自分は自分でしかなく、自分から逃れることは出来ない
他人から見える自分も、自分が思う自分も
自分すら知らない自分も
全部ひっくるめて自分なんだ、と
腹を括ったということなのかな、と思いました
@たかぼ
>ゼッケンさんの作品では最も哲学的な一編ですね。
私のような50代男性が「意識」とか言い出したらもう中年クライシスの危機です。危機の危機。ゼッケンです。たかぼさん、こんにちは。だけど、大丈夫。自覚がある。酔っ払いが自分は酔っているという自覚を持っていたとしても運転してはいけないわけですけど。ついね、書いちゃうわけです。もう長いこと患っている慢性の中二病がときどき急性転化して。目も当てられないけど、ほほえみつつ見守ってほしいと思います。
@雨音陽炎
>全部ひっくるめて自分なんだ、と
>腹を括ったということなのかな
いや、その手前で私はずっとつまずきっぱなしです。雨音さん、こんにちは。ゼッケンです。
自分をメタ認知している自分を自分なんだと認めてあげたい。自分で自分の存在証明をしたい。それがずっとできないで困っています。自己言及の矛盾を突破したいけど、矛盾を矛盾のまま扱えるのが詩のいいところだと思っているんですけど、いかんせん、私が詩人じゃないもんで。いきつけへんなぁ。