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旅立ちは
5歳の夏
18番線の
プラットホーム
行先も分らず
飛び乗った列車
到着したところが
私の原風景になった
それから何度も
途中下車を
繰り返したが
一度も帰っていない
旅はまだまだ続く
私の列車が
あの18番線の
プラットホームに
到着するまで
旅立ちは
5歳の夏
18番線の
プラットホーム
行先も分らず
飛び乗った列車
到着したところが
私の原風景になった
それから何度も
途中下車を
繰り返したが
一度も帰っていない
旅はまだまだ続く
私の列車が
あの18番線の
プラットホームに
到着するまで
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コメント
ということは、再び、
あの18番線の
プラットホームに
到着する
日が来るのですね?
だとしたら、この詩は、円環のようにつながる時が来るの かも と思うと、今している旅が、なんだか ある意味、 すてきに思えます。
写真の光と影の捉え方もすてきです。
光の先にあるものが希望に思えます。^^
僕自身随分と昔に18番ホームに舞い戻ってきましたけども、故郷で生活していても漂泊者であることは確かなようですねー18番ホームとは大きな駅ですねー僕もまた原風景に抱かれながら再び詩を書き始めましたよー(nonyaさん、おひさしぶりです。初期ぽえ会でお世話になった電柱好きのTNです。筆名変更して新ぽえ会で投稿してるんですよ!いやー懐かしい)
5才の旅立ち、という言葉で私がまっさきに思い浮かべるのが、1970年公開の日本映画「ボクは五才」です。この映画を私は親に連れられてリアルタイムに映画館で見ました。なぜ5才なのかが分かる気がします。この映画のように一人で旅立つことが可能なぎりぎりの年齢が5才なのではないでしょうか。そしてまた4才以下ならば忘れてしまうような記憶も、5才ならばはっきりと残るのではないでしょうか。ですから私にはこの詩は「5才」がツボでした。
本当にストレートです。
すごく綺麗です。
私も、 途中下車で、まだまだ続きます。
ありがとうございます。
@こしごえ さん
>コメントありがとうございます
必ず到着します。
でも、再び出発するかどうかは
到着するまで分からないのだと思います。
写真は「マーチエキュート神田万世橋」にある
「1912階段」1912年に旧万世橋駅に造られた階段です。
@三明十種 さん
>コメントありがとうございます
TNさん、本当にお久しぶりです。
こちらこそ、いろいろとお世話になりました。
故郷との関係は人それぞれに
やるせない思いもあるようですね。
でも、詩を書き続けていらっしゃるようで
嬉しいです。
@たかぼ さん
>コメントありがとうございます
実際は、上京してきた祖母についていくと
駄々をこねた挙句、そのまま列車に飛び乗った
向こう見ずな5歳児だったのです。
なるほどと思ったのは「5歳だとはっきりと記憶が残る」
というところです。
その後、11歳で東京に戻って来た時は、本当のひとり旅でした。
@北杜アトム さん
>コメントありがとうございます
いつも温かいコメント感謝しております。
旅を続ける上での道標になっております。
これからも、出来るだけ簡単な言葉で
日々を綴っていけたら、と思っています。