ユナ通り

ユナ通り

 友だち、といっても、そんなに親しかったわけ
ではない。
 歳も知らないし何をしているのかも判らなかっ
た。ある集まりでたまたま一緒になった。彼は芝
居を書き、僕は詩を書き始めていた。とりあえず
勤めてはいたものの、自分がこれからどうしたい
のか、見当さえつかなかった頃のことだ。

 そこには、さまざまな人たちが出入りをしてい
た。小説や、芝居や、評論や、誰もが表現者を自
負していた。難解な強い作品ばかりで、僕はちっ
ともついていけないでいた。
 彼の戯曲をいくつか読ませてもらったことがあ
る。静けさの内側で、社会をじっと鳥瞰している
ような、不思議な物語だった。そんな作風を現実
逃避だと批判する連中も少なくなかった。
 飲みつつ、彼はいつもノートの片隅にボールペ
ンで言葉を綴っていた。癖だったのだろう。その
夜、ノートに書かれていた走り書きにふと目が止
まった。
「ユナ通り、午前4時」
 彼の芝居の舞台が、いつもこの名の通りであっ
たことに気づいたのだ。
 ユナ通りって、どこ?
 どこか。…ここじゃない、どこか。
 不機嫌そうに呟くと、彼はグラスに残っていた
ウイスキーを一気に飲み干し、目を閉じた。

 僕は会社勤めを続けていた。
 慌ただしさの中で、時おりよみがえってくるも
のがある。彼の表情をもう上手く思い出せない
し、芝居の内容も忘れてしまった。でも、人の流
れに身を任せていると、ユナという通りの名だけ
が、なぜか、どこからともなく浮かび上がってく
る。
 今朝がた見た、寂しい夢みたいに。

投稿者

東京都

コメント

  1. ヨーロッパの例えばウィーンの街角にあるカフェなどで「ここはあの芸術家やその作家らがよく集まって議論していたところですよ」などという話をしばしば耳にしますが、そのとき脳裏に浮かぶ情景は、インテリたちが戦わせるディベートの中に、それこそ美女の一人や二人も混じっているような華やかな情景なのですが、実際のところ、そのインテリたちだってまだまだ無名の貧乏学生だったりしたはずなのです。夢と野望と反骨精神に溢れた若き芸術家たちの集う場所、そこは彼らだけが享受できる理想郷なのかもしれません。

  2. 僕は薄暗いバーで色々な種類の酒瓶が並ぶのをみるととても心慰められる男です。黙って飲んでいてそれで満足なタイプです。
    LPやCDがどさっと置いてあって、そこにジョン・リー・フッカーやライトニング・ホプキンズ、ジョン・リー・フッカー 、そしてフィルモア・イースト・ライヴなんてあったらもう間違いなくそこはお気に入りのお店になる。
    もちろんジャズでもいいけどブルースだったら常連になるの。
    この写真のような。

    ユナ通りというのはどこか残る響きですね。サンデイエゴあたりにユナ・ストリートとかありそうだし、那覇あたりにもありそうだ。女性の名前も浮かぶ。

    この詩を読んでどこかアルコール度数の高い底なし沼に取り込まれたものと抜け出したものの二つの影を見た気がします。それはどちらが不幸とか幸せとかはいいようがない場末のバーの匂いです。

    とても感じるところがあり、夜が更けるにつれゆっくりと頭が濁っていく止まり木にいるようでした。それが好きなんだ。
    ありがとうございます。

  3. ジョン・リー・フッカーだぶってる。どんだけ好きなんだよ。酔っぱらってしまったようだ。。

  4. すごく雰囲気のある作品ですね。これ好きだなぁ。ユナ通りは実在しないことを知りながらそれを探すことを口実にした旅がしたいな。その道すがらユナ通りとは別の何かを見つけていくような。
    先のたかぼさんや王殺しさんのコメントにあるような風景が浮かび上がります。文壇バーとか創作サロンとか。そんな風な場所は行ったこともないですが。
    副反応でくたばっている間に、ぽえ会のせつな系縛りが始まったのかと思うくらい、切ないのが多くて、キュンキュンしてまっております。世の中的にはおっさんのキュンキュンほど気持ち悪いものはないでしょうが、カウンターに並ぶ上質なハードリカーに酔わされて時間感覚をなくしているんだろうと。
    ところで、フィルモア・イースト・ライブも良いですが、『フィルモアの奇蹟』(こちらはウェストですが)も名盤ですよ。

  5. たかぼさん
    1980年代、初頭頃ですね。まだ20代になったばかりで、社会の右も左も分からなくて、不安で、でも生意気で…。今、振り返ると、赤面してしまいます。この作品は、フィクションですが、「彼」のモデルになった友人は実在します。もう久しくお会いしていません。…お元気かな。

    夢と野望と反骨精神に溢れた若き芸術家たちの集う場所。…野望はあまりありませんでしたけれども、夢は、ありました。

  6. 王殺しさん
    名前だけ、憶えている、ということがありますね。記憶の、そのむこうは忘れてしまっても、名前だけ憶えていて、そこから少しずつ、当時に戻っていく…。この詩も、そういったキーワードが、きっかけになっているかもしれません。ユナという言葉が、ずっと、私の記憶の中に滞っていたのです。

    写真は、横浜の、野毛にあるライブハウスのカウンターです。時々、このお店で、詩仲間と詩の朗読ライブをしています。

    ジャズ、お詳しいのですね。私も呑み助ですので、こういう場所でほわほわしているのが好きであります。…今日は、とくに予定がありませんので、昼チューハイなど、頂いております。ほわほわ。(^^)

  7. もちろんフィルモアの奇蹟はすばらしいアルバムです。
    フィルモア・イースト・ライブは失われた音源をアルクーパーが発掘して、30年後の発表。それまで後追いでそろえていたブルースのアルバムの中で発売日に予約して買った唯一のやつで思い出があります。そしてこちらのゲストは無名の頃のジョニーウィンターで、このライヴで世に出ました。このジョニーウィンターだけでご飯3杯いけます。

  8. 長谷川さん
    ジャズは実は詳しくありません。好きなのはブルースで特にブルースギターです。
    野毛ですか、懐かしいです。

  9. あぶくもさん
    そういえば、このところ、せつな系が続いていますね。それを意識したわけではないのですが…。

    読んでくださり、ありがとうございます。記憶を辿りながら、書いたところがあります。事実と虚構がごちゃまぜになっています。文壇バーというほどではありませんが、若い一時期、そういう場所にいたことがありました。

    実在しないことを知りながらそれを探すことを口実にした旅がしたい。これ、とてもわかります。詩のテーマになりますよね。私も、どこかそういう意識で詩を書いているのかもしれません。

    私は、キース・ジャレットの「ケルンコンサート」、ビル・エヴァンスの「PORTRAIT IN JAZZ」、日本ですと、山本剛さんのピアノが好きです。

  10. 王殺しさん
    ブルースギター、いいですね!
    私の所属している同人誌の主宰者が、野毛近辺に住んでいらっしゃいます。彼がジャズファンで、彼の紹介で、このお店を知りました。「ドルフィー」というライブハウスです。

  11. 長谷川さん、『そういう場所』にいたことがあるんですね。何だか羨ましい。僕はひとりでそういうとこに出掛けはしても、輪に入ら(れ)ずに、隅っこでその輪の外側から眺めて会話を聴いて観察して飲んでいるいるタイプだろなあ(^^)
    キース・ジャレットもビル・エヴァンスも久々に聴きたくなりました。

    王殺しさん、イーストは初めから『フィルモア・イーストの奇蹟』のことだったのですね。てっきりオールマンのかと思いました。フィルモアっていろんな人のライブアルバムがあって、ジャンル問わずにそれらを集めて聴きたくなりました。

  12. ああごめんなさいフィルモア・イースト・ライヴといったらオールマン・ブラザーズだ。まちがえた。オールマンのオリジナルのももっています。もちろん素晴らしい。
    長谷川さんのコメント欄で何度ももうしわけない。
    ドルフィー、老舗ですよね。僕はセンターグリルの近くのボロい(失礼!)バーに入り浸ってた時がありました。まだあるかなぁ。そこもたまにライヴやってたな。

  13. あぶくもさん
    私も、端っこのほうにいるタイプでした。当時は、自分に自信がなかったし、今も、それほど進化?しておりません。お酒は、好きですが。(^^;) ビル・エヴァンス、大好きです!

    王殺しさん
    野毛は、それほど変わってはいません。古き良き横浜が残っていますね。みなとみらいのほうは、変貌しましたが…。

  14. 創作活動っていいものだ。
    人に関心ある系だと日常が創作活動に直結するわけで、観察力がつきまくるわけだし、
    過ごした時間すべてが芸術なんですね。

  15. 足立らどみさん
    散文詩というより、掌編の物語という感じで書いてみました。日常の中から、小さなドラマを見つけるのが好きなんですね。たしかに、日常が創作活動に直結しているかもしれません。そうなれた嬉しいです。

  16. 訂正です。
    そうなれた嬉しいです。⇒ そうなれたら嬉しいです。
    「ら」が抜けました。…失礼。

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