自称詩人の彼方に
「僕には語るほどの人生は、ありませんでした。
パソコン、CD、映像、テレビ、ゲーム、勉強、読書。人生のほとんどを頭の中の遊びで過ごしてきました。人生のほとんどの欲望は、妄想で済ませられるものです。そんな私にとって、これだけは譲れないものがあります。それは晴れた昼下がりに飲む、生温い缶ビールです」
自称詩人、一日も働いていないのに、酒を食らうのみ。
「僕には守るほどのものが、ありませんでした。友達も恋人も両親も、別にいつ死んだっていいものです。自分だけが可愛いと言う本音に耳を塞ぎ目を背けながら、後ろめたさを抱いて生きてきました。そんな私にとって、人生で一度だけ自分を超えて愛してしまったものがあります。それは、猫の『ポチ』です」
自称詩人、誰にも愛されてないのに、愛を語るのみ。
「僕には才能と言えるほどのものが、ありませんでした。せいぜいカラオケでオバさんを二回泣かせた程度です。愛されもしないのに、愛されようとしました。抱きしめる勇気もないのに、抱きしめられたかった。認められもしてないのに、認められた気になっていた。そんな私にとって、一つだけ人生の希望というべき望みがあります。それは、死んだ後に、認められることです」
自称詩人、一人にも認めらていないのに、才を誇るのみ。
自称詩人、夢叶わずとも涙拭けるのに。自称詩人、永遠の物語神話に、一人耽るのみ。
酒と涙と深夜の幻聴。張り裂けそうな頭で、サイレンのような言葉綴る。
コメント
自分で才能がある、とか云えちゃう人って
よほどの自信家か、図々しいか
どの道、あんまり信用出来ない質です
かと云って、自分を殊更に下げるのもどうかとも思いますが^^;
昼下がりにお日様の下で温いビール飲みながら
愛を知らない男が愛を語ったって
護りたいものがなにもないけど
何かを護りたいと願ってもいいじゃないですか
誰にも知られなかったとしても
たとえばそう、カラオケで泣いてくれたオバちゃんみたいに
きっと、どこかの誰かがその想いを拾い上げてくれる
そう信じ、願っているからこそ
描きたいという欲求が産まれるんじゃないでしょうか
なんだか偉そうに云ってしまいました(汗)
ラストの締め方、好きです
私の詩のきらいとして非難めいたものがある。世の中生きていると他人の陰口や噂話ばかりです。非難されることも多いからこそ、やり返しているのかも知れない。そのナイフは自分に向くこともあり、今回はその度合いが強い。
僕は自分が才能があると思っています。自称芸術家なんです。信用出来ないかもしれませんが、自分で作った作品をみて、自分の価値観でいいと思う。その素朴な思いを正直に述べているだけなんです。だけど詩に関してはどうかなあ。百発打って十個あたるぐらいの頻度じゃないかなあ。一種の賭博師。博打打ち。
おっしゃることわかります。名もなく貧しく消えていく人生だって意味がある。それにチャンスが与えられているのが、詩の発表サイトであり、そこに書き込んでいる人を自称詩人と非難めいた言い方で書くこの加虐精神実験精神。それが社会的カウンター派としての私という表現者です。
ラストの締め方気に入って頂き、幸いです。自分は真実を語っているかはわからないけど、正直であるように努める作家です。サイレンのような言葉は音楽の官能を思えば、辛いものがある。14歳で強制入院。思えばあの頃から私はずっとサイレンのような言葉を鳴らし続けていました。
カラオケで何を歌ったのかスゲー気になりますねー浜省かなー〈そういう私もどこに向かって書いているのやらです、はい〉
@三明十種
RCサクセションです。後陽水もありましたね。全部実話ではないです。色んな人格の要素を織り交ぜながら漫画的にコミックで描きました。大袈裟に書くというか。
どこに向かって書くというか、実験をしている感じです。思考実験。人生はくだらない頭の中の遊びです。私はそう思います。そして落雷が落ちたらどかーんですよ(笑)
こんばんは お邪魔します。
初めてお便り致しますが、荒川さんの心の叫び楽しみにしています
物を語れる者こそ詩人であると思います とても素晴らしいと思います
韻を踏んでるか否か等ばかげています
定型に捕らわれず心の中を曝け出せる方は、とても素晴らしい作家であり詩人だと思います。
多くの読者が付けば先生と呼ばれるかもしれませんが、物書きは自分の中身をぶちまっけて、初めて人に認められるのだと思います
私は詩人ではなく、物書きでありたいと思っています
何故か荒川さんの価値観というか、表現を拝読していて、劇作家;寺山修司さんの世界観を感じます
又素晴らしい世界観を表現し続けてください
@丸野賢志
嬉しいです。ありがとうございます。
正直に自分を晒し語り、他人の言葉を謙虚に聞き続けていれば良いこと訪れる。
私の作風は露悪的な面を露わにすることがあるかも知れませんが、実際はこの性善説の世界を生きていると思います。
寺山修司さんと比較されるとはとても光栄。お言葉心に留めておきます。